第17話
アルバルトさんのアパートにて。
「逝くなら貸した金返せ!」
「ほらよ。10ドルだよな」
あっさりとお金を渡す私の身体を借りたザレオ。
「ぅ・・・あ、後それから! 立て替えといた酒代や、君が壊した僕のパソコンの弁償代や、何故
だか突然動かなくなった電子レンジの修理や・・・」
「しつこいぞ小鳩! つーか最後のは果てしなく無関係だろ!!」
アルバルトさんは黙り込んでしまった。ザレオも複雑な気持ちになる。
「・・・逝くの、明日にしないか?」
「無理だっての」
アルバルトさんの言葉に、ザレオは頑として頷かなかった。
「お前やケイと居て、ヤバイくらい羨ましいと思ってんだ。生への執着が、俺の中で出始めて
来てんだ・・・」
ザレオは悲痛な表情を露にして、アルバルトさんと私に言う。
羨みはやがて妬みに変わる。私はそれをよく知っている。今まで何度もそんな霊達を見て
来たのだから。
生きてる人を妬み、理性を失ったザレオは・・・見たくない。
アルバルトさんは顔を反らして、目尻を軽く拭う。
「送るよ」
「ああ」
アパートを去る二人の足取りは、とても重かった。
私もザレオの哀しみに満ちた心に、押し潰されそうなくらい切なくなった。
ザレオとアルバルトさんは部屋を出ると、バスに乗って、同じ市内の二つ目の停留所で降り
た。
停留所の傍には、霊園の門があった。
霊園の門をくぐり、様々な形や大きさの墓石の傍を通り過ぎて、ザレオの足が止まった。
すぐ傍の真新しい墓石には、『ザレオ・マグリアノス』と彫られてあった。
「二度もお別れをさせるなんて、最悪な友人だよ。君は」
「違いねえ」
ザレオはニヤリと微笑う。
「世話になったな、アルバルト。ま、当分会いたくないから、長生きしろよ」
「そのつもりだよ。お疲れ、ザレオ」
それからザレオは、ちょっと外してくれと、アルバルトさんに言った。
アルバルトさんが離れると、ザレオは私の身体から出て来た。
ザレオが私の前に現れた。
『じゃあ、ケイ。世話に・・・って、何泣いてんだよ!』
ザレオが出たと同時に、私の目からは涙がこぼれていた。
「だって・・・」
『な、泣くなよ。大体、ようやく解放されるんだし、清々するだろ?』
「・・・あんた、それ本気で言ってんの?」
『・・・・・・悪ィ』
私が睨むと、ザレオは気まずそうに頭を掻いた。
そうよ。初めは脅して来た貴方なんて大嫌いだったし、酷く欝陶しかったわ。
でも、今は違う事くらい解るでしょ?
『ケイには凄く悪いと思ってる分、心底から感謝している』
私は泣きながら何度も頷いた。
ザレオ、私も怖かった事が多かった分、良かった事もあるから。
『今日まで有難うな、ケイ』
私は頷く事しか出来なかった。
ザレオは身を屈め、私の額にキスをした・・・ような気がした。触れたような、触れなかった
ような、微妙な感じ。
『じゃあな。悪い虫がつかないように、あっちで見護ってる』
「有り難う・・・。迷わないでね」
私は口元に笑みを浮かべて言った。
笑顔で見送りたい。これが私に出来る、精一杯の感謝の気持ちよ。
ザレオは大きく頷くと、徐々に姿を消し始め、そして完全に見えなくなった。気配も無くなった。
私は顔を両手で覆い、涙を流し続けた。
「・・・逝っちゃったか」
アルバルトさんが呟いた。
私達は、しばらくそこに佇んでいた。
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