第14話
もう駄目だっ、と思った。
意識の中で私は身を竦め、ザレオは反射的に腕をかざした。
「・・・?」
でも、銃弾は飛んでこなかった。ザレオは訝しげな顔をして、恐る恐る腕を下ろした。
見ればブリッジは、ザレオに銃口を向けたまま、手を震わせて汗を流していた。
「な、何だ。手が・・・う、動かな・・・!」
無理に動かそうとしているのか、拳銃を握るブリッジの手が、大袈裟なくらい震えていた。
『手が動かない・・・? 一体何が・・・』
何が起きたのかと思ったその時、私には見えた。
ブリッジの手と拳銃を、青白い手が抑え込んでいるのを・・・!
さっきまで感じなかった『彼女達』の憎悪と哀しみが私の中に流れ込んで来た。
苦しいっ・・・!
何て激しい憎悪・・・。これだけ集まれば、いくら幽霊が見えない人でも見えてしまうわ。
そうブリッジにも。
当然ザレオにも『彼女達』が見えた。ザレオは冷たい口調でブリッジに言った。
「・・・ほら、テメェが殺した彼女達が、自らやって来たぜ」
ザレオの言葉が理解出来なかったブリッジだが、やがて彼の目に、その存在が映った。
拳銃を掴む一人の手。
後ろから顔と首を掴む二人の手。
腕、脚にも、か細くて青白い腕がゆっくりと絡み付く。
「ひっ・・・ひいい! 何なんだっ、た・・・助けてくれ!」
「彼女達もそう叫んだはずだ」
ザレオの声は、とても冷淡だった。
ブリッジは身動きが取れなくなった、ザレオはその様子をただ見つめる。
「うわっ」
強い力でブリッジはうつぶせにされ、ゆっくりと引きずられ始めた。
「た、助け・・・」
ブリッジは床に爪を立てるが、『彼女達』の方が強い。床にブリッジの折れた爪と、血の跡が
生々しく残る。
ズル・・・ズル・・・と、音がフロアに響く。
「助けてくれえ!!」
目を剥き出してブリッジはしきりに叫ぶが、ザレオは動かず、『彼女達』の手も止まらない。
引きずられるその先にはヒビが入った大窓があった。
私は目をつぶったけど、情景は頭に映ったままだった。
「あの世で反省しな」
ザレオが一言だけ言い放った。
そして、ブリッジの身体が窓を割って、宙に浮いた。
その時のブリッジの叫びは、必死になって閉ざしていた私の耳を貫いた。
『人が地面に叩き付けられる音って、凄いのね・・・』
辺りに憎悪が消えて、しばらく経ってから、私は言葉を発した。
ブリッジが落ちた時の衝撃音と叫び声が、まだ耳から離れない。ザレオは私に気を遣って
くれて、落ちたブリッジの姿を見ようとはしなかった。
ザレオは大きく深呼吸して、この場を立ち去った。
『拳銃はいいの?』
ザレオの拳銃は、まだ床に転がっている。
「もう必要無いからな」
そうね・・・。手袋をしてたから指紋の心配は無いし、持ち主を割り出されても、ザレオは・・・
死んでいるのだから。
帰り道に入って、私はやっと肩の力が抜けた。
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