第9話
朝になっても、雨は少し弱まっただけで、まだ降っていた。
「よく降るわねえ」
雨は湿気が多くて嫌になるわ。特に夏は蒸し暑いし。
『随分滅入ってるじゃないか。雨ってそんなに嫌か?』
「嫌よ。髪も広がるし。まあ、幽霊は湿気が多い所を好むって言うから、貴方にはいいかも知れ
ないわね」
ちょっと皮肉を込めて返した。でも、ザレオは気付かなかったみたい。
『幽霊が嫌いなわりにゃ、詳しいじゃないか』
「・・・ターナに聞かされたのよ」
『ああ、あのホラー好きの』
ターナは尋ねてもないのに、そういった話を私によく持ち掛ける。
もしターナに霊感があって、ザレオが憑いたら、ターナは興奮して喜んで、ザレオも仕事どこ
ろじゃなかったかもね。
その光景を思い描いたら、何だかおかしくなった。
『あの娘、なかなか可愛い顔してたな』
「貴方もアルバルトさんと変わらないわね」
『妬いてんのか?』
「・・・ぶつわよ」
実際、幽霊のザレオには触れられないんだけど。
『おー、おっかねー』
ザレオはケラケラと笑いながら言った。まったく、被害者を想うシビアな面とは、大違いね。
昼を過ぎると、雨は止み、嘘のようにカラッと晴れた天気になった。
それから私はママに頼まれて、買い物に行った。本当は面倒なんだけど。
スーパーはちょっと遠くて、自転車で行かないと辛い。歩いても行けなくはないけど、こんな暑
い中を歩く気は無い。スーパーに着く前に倒れるわ。
「今日も暑くなりそうねえ」
日焼け止めを塗ってから外に出て、憎々しげに太陽を見上げて愚痴をこぼした。
水溜まりがある道を自転車で走り、まだ湿気が多い外を行く。途中にある川は、昨夜の豪雨
の所為で酷く濁り、勢いも増していた。
川を横目にスーパーに着き、頼まれた物を買ってさっさと出た。早くクーラーの利いた我が家
に帰りたい。
不意にザレオは、はあと感心するような声を漏らした。
「どうかした?」
『いや、お前って律義だなって思ってよ。俺がガキの頃は、つりをこっそり頂戴しては何か買っ
ていたぜ』
「貴方らしいわね」
私が微笑うと、ザレオも苦笑した。
何だろう。とても楽しい気分だった。ザレオに憑かれた時の事を考えると、こんな気持ちにな
るなんて思わなかったわ。もう、お先真っ暗な人生になる事を覚悟していたくらいなのに。
ピルルル・・・
そこへ、携帯が鳴った。表示に出た番号は知らないものだ。
ワン切りでもなく、ずっと鳴り続けるので、私は仕方なく出た。もしかしたら、間違い電話かも
知れないし。変な電話だったら即座に切ろう。
「もしもし?」
「あ、ケイディちゃん? 僕だよ僕、アルバルト」
「アルバルトさん!?」
『何!?』
誰かと思えば、ザレオの知り合いの自称凄腕ハッカーさんからだった。
『何でお前番号・・・って、聞こえないか! ケイディ、身体貸してくれ』
と、ザレオは私の返事も待たずに入れ代わって来た。返事くらいさせなさいよ。
「おい! 何で番号知ってんだよ!」
「うげっ、まさかザレオ? もう少しケイディちゃんと話したかったのに。てゆーかさ、僕が人様の
番号知るくらい、訳無いでしょ?」
うっ、と言葉を詰まらせるザレオ。
でもそれって犯罪よね、アルバルトさん・・・。
「で、何の用だよ」
ザレオがそう尋ねると、アルバルトさんは急に口調を変えた。
「・・・また犠牲者が出たよ」
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