第8話
その人は私を見ると、ほんの少し首を傾げた。
当然だわ。初対面だもの。
「ええと、何か用な? 君みたいな可愛い子がこんなボロ屋に」
手が早そうな性格ね・・・。
「相変わらず女の尻を追っ掛けてるようだな。小鳩ちゃんよ」
全開で下品な事言ってんじゃないわよ!! 絞めるわよ!?
相手もすっごい度肝を抜かれた顔をしてるじゃない!
「こ、小鳩って・・・あ! もしかして君、ザレオの友達? もしくは恋人でしょ!?」
後者は激しく違うわよ!
「俺がザレオだ。信じられないだろうが、化けてこの娘に取り憑いたんだ」
「オカルト同好会なら間に合ってます」
「待てコラ!!」
閉まりかけたドアを、ザレオは足を挟んで止めた。
何よ、全ッ然解ってもらえてないじゃない!
「君ねえ、やっていい冗談と悪い冗談があるよ? いい子だから、家に帰りなさい」
彼も必死でドアを閉めようとする。ザレオはドアに手をかけ、無理矢理身体を隙間に入れた。
「阿呆ッ、冗談じゃねえ! アルバルト・フィジョン、27歳独身彼女は多数! 裏社会の情報屋
EYESの自称凄腕ハッカー! どうだ、お前の事だぞ!?」
・・・貴方同様、凄い素性の人ね。
すると、アルバルトさんの顔が強張り、ドアを抑える手の力が緩んだ。
ザレオも力を抜いて、やれやれと溜息を吐いた。
「やっと信じたかよ」
「・・・君も裏社会の人間だったりするの?」
「この低能鳩がーーーッ!!」
「ぶッ!」
しびれを切らせたザレオは、とうとうドアを思い切り蹴ってしまった。勿論、アルバルトさんの
顔にドアがヒット。
・・・貴方の気持ちも解らないでもないけど、やっぱり無理なのよ、ザレオ。
「ああッ、クソ!」
口が悪いわよ! それより何よ、私の携帯を取り出して。
「いいか、よく見ろよ!」
鼻を押さえて悶えているアルバルトさんにそう言って、ザレオは自分を撮った。
携帯で自分を撮って、どうするつもり?
「ほれ」
ザレオは撮った画像をアルバルトさんに見せた。すると、アルバルトさんは目を丸くして叫ん
だ。
「うわザレオ!? キショ!!」
「あえて言うな!」
『な、何よ。貴方、何したの?』
ザレオは無言で不機嫌そうに、携帯の画面を自分に向けた。
今し方撮った画像が写ってる。私の身体に、ダブるようにザレオの姿が・・・。
『やっ、気色悪い!!』
「お前もかよ!!」
やだ、初めて目の当たりにしたわ! 俗に言う、心霊写真っ(画像?)。
・・・は、早くデータを消してよ。私の携帯が呪われるじゃないっ。
アルバルトさんは、じっと私、もとい私の身体を借りたザレオを見た。
「・・・本当にザレオ?」
「最初からそう言ってる。お前の事を小鳩呼ばわりする奴は、俺くらいしか居ないだろ」
「じゃ、僕に借りっぱのお金、返して」
「ワタシ、ケイディ。ハジメマシテ」
何言ってんのよ、この馬鹿幽霊!
「ベタなボケだな!? まあ、何だ、その・・・」
アルバルトさんは表情を少し暗くし、ザレオを見つめた。
何だか、ようやくザレオの言葉を信じたみたいね。
「大変だったな、ザレオ」
「ああ」
「入りなよ。君に色々言う事があるし、聞きたい事もある」
やっとアルバルトさんは、ザレオを部屋に迎え入れてくれた。
「まず、君を殺した刑事について話すね」
アルバルトさんはコーヒーを用意しながら、ザレオに言った。声は一変して、深刻そのもの。
「あの刑事、ジューグ・ブリッジは軍隊に居た事もあってね、下っ端だったけど、腕はそこそこ立
ったらしいよ」
「お前、早くそれ言えよ。見事に返り討ちに遭ったんだぜ?」
「説明も聞かず、居場所が解った途端に挑んだ、君の無鉄砲さの所為だろ?」
ザレオは言葉に詰まり、アルバルトさんは呆れながらコーヒーを差し出した。
「死んでからじゃ、遅いのに・・・」
「・・・・・・悪ィ」
私も気分が沈んだ。
気を紛らすように、ザレオは出されたコーヒーを飲んだ。
「で、そいつは今どうしてる」
と、ザレオはアルバルトさんに尋ねた。
「少し前に強姦事件があっただろ? きっと、いや、絶対そいつの仕業だよ」
・・・ああ、あのTVでやってた事件ね。
ザレオの怒りが、激流のように私の中に流れて来た。
「野郎っ・・・」
ザレオは席を立った。
「行くのかい?」
「ああ。近いうちに奴を殺る。また世話になるぜ」
「OK。ところで、聞きたい事があるんだけど」
そういえば、最初にそんな事言ってたわね。何かしら? 私が聞いていてもいいのかな。
「何だよ」
と、ザレオ。そして、アルバルトさんはこう言った。
「その娘、今君が憑いてる娘」
「? ケイディがどうかしたのかよ」
「ケイディちゃんって言うんだ。その娘のさ、アドレスを是非」
アルバルトさんが言い終わる前に、問答無用でザレオの拳が彼の顔にめり込んだ。
「い、痛い。普通に痛いっ・・・」
「何処まで節操が無ェんだ! 大事な宿主なんだぞ。手ェ出すな!」
宿主・・・ね。別にいいですけど。
話も(とりあえず)済んだので、私達は自宅へ帰った。
そして夜になると、一気に天気が崩れて、稀に見る酷い土砂降りとなった。
|