第3話
翌日。カレッジは無いし、昨夜の事もあって、私は昼近くまでぐっすり寝た。
目を覚ました時、あの男の姿は見えなかったけど、何とも言えない気配はした。
結局、夢じゃないのね。
「おはよう、ケイディ」
「おはよう」
「昨夜は何してたの? 騒いでいたようだけど・・・」
「あ・・・な、何でもないのよ、ママ」
それならいいけど、とママは呟いた。
ママの視線から逃げるように、私はキッチンに行ってジュースを取り出した。
テーブルについて、新聞を読もうとした時。
『おい、俺にも飲み物』
私は口に含んだジュースを吹き出した。
顔を真っ赤にして噎せている私を、ママは怪訝な顔をして見ていた。
「ちょっと、大丈夫?」
「う、うん」
『大丈夫かよ』
「うるさいわね!」
私はあくまで小声で怒鳴り返した。
ママに聞こえないように、私は男に言った。
「何で幽霊が飲むのよっ」
『たまーに喉だけが渇くんだよ。ほら』
早く行けと言うように、男は顎でキッチンを指す。私は席を立って、乱暴にコップを掴んだ。
「あんたなんか、水道水で充分だわ!」
ゴンッ、と音を立たせて、水道水入りのコップを男の前に置いた。
知らん顔して新聞に目をやっていたけど、男の笑い声が耳に入る。本当に腹が立つ!
『まだ名乗ってなかったな』
と、すっかり私の部屋でくつろいでる幽霊。私は課題のレポートから目を離した。
『俺はザレオ・マグリアノス。享年30歳だ』
享年とか、ジョークにならないわ。
「ケイディよ。ケイディ・フラン」
ぶっきらぼうに言って、私は再び視線をレポートに戻した。
ザレオは特に気にせず、勝手に話し出した。
『俺は生前、掃除屋をやっていた。クリーンの方じゃない。解るだろ?』
「ドラマとかに出る、殺し屋みたいなものでしょ」
素っ気なく言い返す。ザレオの言葉を信じてないだけ。
『ちょいと違うが、まあ・・・人殺しには変わりないな』
『人殺し』と聞いて、私は眉をひそめてザレオを見た。でも、ザレオは気にしない。
『世の中にはな、裁判で巧く言い逃れをしたり、金目当ての凄腕弁護士を雇って無罪になる犯
罪者が沢山居んだ。俺はその被害者側の掃除屋だ』
「つまり、法に代わって貴方が犯罪者を始末するのね」
私は少し軽蔑した口調で言った。
半信半疑だけど、本当の話なら感心出来ないわ。
私がこうも強気でいるのは、彼が私の身体を必要としているからよ。私に何かあって困るの
は、幽霊(ザレオ)の方だし。
そんな私の疑心を察したのか、ザレオは特に感情を込めずに返した。
『俺の姉も、俺がお前くらいの時に殺され、丸裸でゴミ捨て場に棄てられた』
ペンを動かす私の手が止った。
私はザレオを見たが、彼は目をそらした。
『姉を殺した奴は、いまだに見つかってない。俺が掃除屋になったのは、その復讐心もある。そ
れに、世間に自分と同じ立場の奴が居ると思うと・・・な』
ザレオのお姉さんの話は正直ショックだ。同じ女として、酷く嫌な気分だわ。
『ま、お前には解らないだろうし、こんな気持ちは知らない方がいい。人殺しと言われようと、俺
は仕事を辞める気は無かった』
「それで、今度は私の身体を使って続けるつもりなの?」
ザレオ自身も、被害者の人も気の毒に思うけど、それとこれは別だわ。
しかし、ザレオは首を横に振った。
『そうじゃない。此処最近に起きた連続殺人の犯人を、ようやく見つけたんだ。後もう少しってと
ころで、そいつにやられてこの様だ』
ザレオは両腕を広げて、幽霊である自分の姿を指した。
「警察に言えばいいわ」
『無駄だ』
「どうして」
『犯人が刑事だからだ』
絶句。
「・・・嘘」
『マジだ』
ザレオはその後、淡々と話し続けていたけど、放心している私の耳に、ザレオの声は届かな
かった。
刑事が犯人・・・人殺し・・・。これ、ドラマや小説のシナリオじゃあ、ないわよね・・・?
『・・・という訳でだ、俺はその刑事さえ始末出来ればそれで・・・って、おい、聞いてるのか?』
私はハッとして我に返った。話が大分進んでいたようね。始末がどうこうって・・・。
「わ、私は嫌よ、人殺しなんて。何とか証拠を見つけて、その刑事を警察に突き出せばいいわ」
『それが出来れば苦労はしないな。証拠には犠牲が付き物だ。誰にもあんな目に遇わせたくな
い』
昨夜私をあんなに怖がらせておいて、よくもまあ、そんな紳士的な事が言えるわね。
でも・・・同意はするわ。
ザレオの話を胸に留め、私は再びレポートを書き出した。
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