第2話

「!?」
 次の瞬間、全身がベッドに張り付くくらい重くなった。胸元が重苦しいっ・・・。
 身体が・・・指一本も動かせない。声も出ない!
 怖くなって目を開けると、視界に人影が映った。昼間に見た、あの男の幽霊だ!
「っ・・・」
 私は何とか声を出そうとしたけど、ただ口をパクパクさせるだけだった。
 男は黙って私を見下ろしている。視線が反らせない。
 怖いっ・・・。
「ぁ・・・っ、ぅ・・・!」
 こんな事は初めてよ。早く消えてしまって!
 恐怖で思わず涙ぐんでいたら、男の口元が動いた。
『・・・・・・』
「・・・?」
 何? 何か言ってる。
 私が訝しげな顔をすると、男はもう一度口元を動かした。今度は、はっきりと聞こえた。
『怖がらせる気は無かった。悪かったな』
 頭に直接響いて来る感じだった。
 言葉が理解出来ると、物凄く腹が立った。随分と偉そうな謝罪の仕方ね!
『声を上げないなら、動けるようにする。約束出来るか?』
 男はまたしても偉そうに言った。どうせ悲鳴を上げても、パパやママには見えない存在だわ。
助けを求めてもしょうがない。
 でも、いい加減この状態も苦しいから、私は首を小さく縦に動かした。
 すると、嘘のように身体が軽くなった。
 身体が自由になると、私は涙を拭った。足はもう、ガクガクに震えていた。
『俺の声は聞こえるな?』 
 と、幽霊の男。
 今更何よ。私はとりあえず頷いた。
『お前の事はジョンから聞いた。確かに、相当の霊感力だな。実は、お前に頼みがあって』
「ま、待ってよ。誰よ、そのジョンて。何処にでもありそうな名前だけど、知り合いには居な
 いわ」
 私は身体を起こし、震えた声で男の言葉をさえぎった。
 今度は男が首を傾げた。
『パークの池で溺れ死んだ坊主の名前だ。知ってるだろ』
 ・・・ああ、春先に見て、少し話し相手になってあげたっけ・・・。
 それにしても、余計なのを押し付けてくれたわね、あの坊や! 私は幽霊専門のカウンセラー
じゃないわ!
「やめて、私に関わらないで。本当に悪いけど、他を当たるか、成仏して」
 男の表情は変わらない。怒ってはないみたいね。
『姿が見えて、声も聞こえるなら充分だ。お前の身体を借りたいだけだ。ちょいとの間な』
 瞬時にして、私はカッとなった。
「冗談じゃないわ! 嫌よ、そんなの!」
『日常には関与しない。シャワーの時だって、離れてたんだぞ』
 私は顔を真っ赤にして、枕を投げ付けた。でも枕は、男の身体を通り抜けた。
 男は落ちた枕を見て溜息を吐くと、おもむろに不適な笑みを浮かべた。
『そんなに拒むんなら、仕方無い』
 私はホッとしたけど、それもつかの間だった。
『この家に取り憑くかな? ポルターガイストって知ってるか?』
 すると、突然棚がガタガタと揺れ出した。本やインテリアも浮かび上がる。
「やめて!」
 叫ぶが、男はやめる気配が無い。
『家族に憑いてもいいんだぞ。だが、霊感が無いから無事で居られるか・・・』
「やめてってば! 言う通りにする、もうやめて!!」
 途端、ポルターガイストが止まった。勝ち誇ったような顔をする男が心底憎かった。
 ほんと、最悪な夏休みの始まりだわ・・・。


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