Crisis
「緊急事態だと言ってるでしょう!早く大教母様に会わせなさい!」
チャペルの受付では、警察機構の制服を身にまとった女性の甲高い怒鳴り声が、上がって
いた。
そこへ、彼女のその剣幕にたじろいでいる牧師を退かして、純白の聖職服を着た牧師が
現れた。
言わずと知れた、『六芒聖士団』のザノ・カーランであった。
「静粛に。此処が何処なのか心得たらどうだ、警察機構のお嬢さん」
あからさまに相手を馬鹿にした態度だ。
特に『お嬢さん』と言われた事に、女性はますます腹を立てた。
「緊急事態だと何度も言っているのに、全然そちらが取り繕わないのが問題だわ。早く大教母
様に会わせなさい!」
「く、口を慎め! 相手は『六芒聖士団』の」
カーランの連れの牧師が女性に怒鳴ったが、逆に鋭く睨み返されてしまい、押し黙ってしまっ
た。
女性は更に声を張り上げた。
「人の命がかかっているのよ! これだけ大至急と言っているのに・・・チャペルはどういう神経
をしているの!」
「言わせておけばっ・・・」
思わずカーランも怒鳴りそうになった時、
「おやめなさい!!」
一瞬にして辺りが静寂に包まれた。皆が注目した先には、誰よりも険しい顔をした大教母
エルフリーデ・リックスが居た。
「双方とも場所をわきまえなさい! 此処は貴方達だけの場ではありません! 何を見ている
のです、シスターと牧師は持ち場に戻りなさい!」
そう言うや否や、全員が我先にと駆け出して、受付を去って行った。カーランは小言を言い
ながらも、その場に残った。
静かになったところで、エルフリーデは腹立たしく鼻を鳴らし、警察機構の女性に近づいた。
その様子を、
「流石母さん・・・怖い」
「ああ・・・怖いな」
ナットとルーシャは、かなり後ろの方で見ていた。
エルフリーデは女性に会釈をし、尋ねた。
「対応が遅くて申し訳ありません。緊急事態と言いましたね?」
「貴女が・・・エルフリーデ様ですね? 私はナーブサ警察機構のメーア・セウン大尉です。此処
へは黒ミサを追って来ました。その先で部下と上司が」
話すに連れ、メーアの口調が早くなって行った。
取り乱しそうになるメーアを止め、エルフリーデは優しく言った。
「此処では一般の方も居ます。一先ずこちらへ」
「私も同席しよう」
有無を言わせない態度でカーランは言い、主導権は自分にあると言うような態度で二人を
誘導した。
![]() ![]() ![]()
ナーブサ警察機構は、セルネニアに潜む黒ミサを追って来た。
だが、報告書に記載されていた倉庫に訪れた時、最悪の事態が起きたのだった。
「これより突入する。油断はするな」
倉庫の収納室の前で上司のレオは部下に言い、そしてシールが合図と共にドアを開け放っ
て突入した。
メーアも突入後、愛用のサーベルをかまえ、油断無く倉庫内の荷物の陰などに注意を払っ
た。
すると、後ろに居た部下の息を呑む声がしたかと思うと、シャッと空気を斬る音が上がった。
メーアは素早く振り返ると、首を失くした部下の身体が崩れ落ちるのが目に飛び込んだ。
「ひっ!?」
その傍には二メートル程の身長に、腕に長い鎌を埋め込ませた得体の知れない生物が
居た。姿は一見サルのようで、肌は人間の皮膚のように血色が良く、まるでこの化物がただの
肉塊ように見えた。
所々の肌に、人の顔らしきものも見え、それを見た瞬間、メーアはゾッとした。
「こ、これはっ・・・」
これが俗に言う、黒魔術で造り上げられた化物なのだろうか。
唖然としているメーアにレオが体当たりをし、その瞬間、化物が鎌を振り下ろした。
「し、少佐!」
「気を抜くな! 全員射撃にかかれ!」
銃声が上がった。銃弾が化物に多数撃ち込まれるが、化物は身じろぎ一つせず、まるで
効果が無いように見えた。
化物は銃弾を受けて血を流す・・・ヒトと同じ血の色だ。
メーアと部下がサーベルで斬りかかったが、それも大したダメージになっていないようだっ
た。
化物は奇怪な叫び声を上げて鎌を振り回し、部下達は次々に負傷を負い、首を刎ねられて
しまった者も続々と出た。
「駄目だっ・・・。一時撤退しろ!!」
レオが叫ぶ。彼も利き腕を負傷していた。
しかしその時、足元に巨大な魔方陣が浮かび上がった。そして、全員の身動きが取れなく
なった。全員が冷静さを失い、迫り来る化物に恐怖し、悲鳴を上げた。
「少佐!?」
メーアの足元には、かろうじて魔方陣が及んでいなかったため、彼女はまだ動けていた。
仲間を助けようとして駆け寄ろうとしたメーアを、レオは声を上げて止めた。
「来るなメーア!! 君はチャペルへ行って、エルフリーデ・・・大教母様にこの事を知らせ
ろ!」
だが、メーアはすぐに動かなかった。
「でも少佐っ・・・」
「命令だ、行け! 此処で全滅する訳には行かない!!」
化物はメーアの方へ歩み寄って来た。メーアは我に返り、収納室から飛び出した。
![]() ![]() ![]()
そして今に至り、応接間。
「・・・・・・私は、上司と部下を見捨てるような行動を取ってしまった・・・。きっともう、少佐達
は!」
「セウン大尉、落ち着いて下さい。貴女の行動は間違っていません」
エルフリーデは、ひたすら自分を責めるメーアを気遣った。
「すぐに手配しよう」
カーランはそう言うと部屋を出た。メーアは、もっと早く取り繕えばいいものを、と小声で悪態
をついた。
一方、応接室の窓の外では、ナットとルーシャがメーアの話を盗み聞きしていた。
「父さん、レオさんが!」
「解ってる。僕は現場に行く。でも、お前は残りなさい」
「え・・・」
「話を聞く限り、酷く危険だ。連れて行く訳には行かない」
ルーシャは唇を噛み締めた。
「いいね?」
ナットはルーシャの頭を撫でると、すぐさま駆け出して行った。ルーシャが何か言いかけた
ように見えたが、今は聞いている場合ではない。
チャペルを出ると、ナットは近場に居た御者に「馬を借りるぞ」と言って、いくらかのお金を
握らせると返事も待たずに馬車の馬の手綱を外し、飛び乗って路地を走らせた。
「レオ・・・くそ、あの馬鹿がっ」
あれほど黒ミサ関連の事件は、警察機構の手に余ると昔から言い聞かせて来たのに、この
様だ。
確かにもう間に合わないかも知れない。だが、無事を祈らずにはいられなかった。
|