Each time
朝を迎えたセルネニア・チャペルにて。
クレイズ大司教の元に、『六芒聖士団』の一人であるザノ・カーランが訪れていた。
「こちらが我がチャペルの報告書になります、クレイズ様」
カーランは分厚い書類を、クレイズ大司教に提出した。
クレイズは書類にサッと目を通すと、満足げに頷いた。
「今回も素晴らしい働きです。しかし、貴方自身が報告に来るとは驚きました」
『六芒聖士団』は滅多な事が無い限り、所属のチャペルを離れる事はしない。報告も、大抵
は郵送だ。
だから彼、カーランのセルネニア・チャペルへの訪問は、此処のチャペルの者達は勿論、
クレイズをも驚かせていた。
「少々セルネニアに用がありまして。では、失礼します」
手短に話を終わらせてカーランは会釈をし、颯爽と立ち去った。
全チャペルで、ザノ・カーランを知らない者は居ない。彼は士団の中で、もっとも優れた牧師
だと高く評価されている存在だ。
いくつもの黒ミサ関連事件を解決し、カーランの部下である牧師も彼の影響を受け、優秀な
者達ばかりだ。彼が所属するチャペルに訪れる信者の数も、セルネニアの次に多い。
また、カーランのようになろうとして、彼の下へ志願する牧師も少なくないのだ。
牧師達はカーランの姿を見ると、すぐに道を空けた。『六芒聖士団』を前にすると、誰もが
落ち着きを失くす。
そんな士団員と向き合えるのは大司教か、
「ご機嫌よう、リックス大教母」
カーランが声をかけたこの女性、エルフリーデ・リックスしか居ないだろう。
「おはようございます、カーラン様。お久しぶりですわ」
「朝のミサはこれからですかな?」
「ええ。聖堂に向かうところです」
「ご一緒しても?」
「どうぞ」
エルフリーデは微笑んで返した。
「最近は如何かな? 元気が無いように見えるが・・・」
「そうでしょうか。きっと書類と参拝に追われている所為ですわ」
「はは、確かに書類にはうんざりだ」
聖堂が近くなると、信者達の姿が多くなる。それでも周囲の者は、カーランの姿を見ると道を
空けるので、二人は楽に歩けた。
「相変わらず凄い威厳ですのね」
「貴女も同じですよ、リックス大教母」
カーランの言葉に、エルフリーデは恐縮げに微笑んだ。
「ところで、此処へは何を? 会議ですの?」
「いや。此処の情報部は、全チャペルで一番だと聞く。是非その力を借りたくて」
カーランの言葉に、エルフリーデは満足げに頷いた。
「その言葉、担当のヒアンス牧師にもかけてあげて下さい。きっと喜んで力になりますわ」
やがて二人は聖堂の指定席に着き、大司教の下で朝のミサを受けた。
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今朝の分の書類を片付け終わると、タイミング良くレオはヤデン・ソワ大佐に呼び出された。
部屋にやって来たレオに、ソワは言った。
「実はねライオネルくん、君にはセルネニアに向かって欲しいんだ」
「セルネニアに?」
丁度今日行くつもりだった。しかし、それは私情だ。
事件が絡んで来ると、浮かれてはいられない。レオはサッと顔つきを変えた。
「チャぺルの文書を盗んだ者が、セルネニアへ逃亡したと連絡が入ってね。黒ミサと思える
から、充分に注意して向かってくれ」
そう言って、ソワはレオに事件の報告書を手渡した。
「了解」
レオは敬礼して退室し、シールを呼んで部下を集合させた。
ナット達に会えなくなるが、任務の前では諦めるしかない。
そして、レオの集合により部下達も集まり、セルネニアに向かおうとしたのだが・・・。
「おっはよーございます、少佐!」
「・・・メーア、何故君が?」
レオの部下に混じって、所属外であるメーア・セウン大尉がそこに居た。
「君は今日、非番だったのでは」
「身分証を忘れて取りに来たらぁ、補佐官君に出くわしてぇー」
何処までが本当なのかは、定かではない。
シールは小声でレオに言った。
「すみません、少佐。止めたのですが・・・」
「彼女を止められたら、大したものだよ」
メーアは特にレオと任務を行うのが好きだ。自分に与えられた任務が無い限り、彼女は意地
でもついて来るだろう。
レオは軽く溜め息を吐いて、メーアに言った。
「解った。私の指揮の下、同行を頼む」
「了解!」
メーアは弾んだ口調で敬礼した。
今から車を飛ばせば、セルネニアに昼過ぎ頃には到着するだろう。レオはただちに部下と
車に乗り込み、ナーブサを出発した。
移動中、レオは車に揺られながら、報告書に目を通した。
盗難の被害に遭ったナーブサ・チャペルは、こじんまりした組織で聖職者の人数も多くない。
警備が手薄のため行われた犯行と見られ、盗まれた文書は多数。中には黒魔術に関する
文書もあった。
「(手遅れになる前に着けばいいが・・・)」
聞いた話、地方でチャペルと市民が一騒動を起こしたそうだ。黒ミサによる犠牲者の多さに、
被害に遭った市民の怒りの結果だ。
以前にもこのような事件があった。
例の、イライアス・ダル・シューゼムナイトが起こした神騒動の事件後の事だ。
チャペルと人々の亀裂。世間は着実に『エボス』の思惑通りになって行く。
「(ナサニエル、君ならどうする?)」
せめて、『エボス』の統領の居場所さえ解れば・・・。
レオは車窓から見える景色の彼方を見つめ、物思いにふけった。
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正午を告げる鐘が鳴る少し前。
黒ミサ組織『エボス』の副長であるキーレンは、懺悔室に座っていた。いつもまとっている黒
装束は無く、普段着を着込んでいた。
「キーレン、ネオの様子はどうだ」
牧師が参拝者の懺悔を聞く部屋から、声が上がった。互いの部屋の間に柵があるため、声
の主の顔は見えない。
「は、ネオは信者達を通して一般人に魔術を広め、新たな技も生み出しております」
キーレンの言葉に、柵の向こうの男は、満足そうに頷いた。
「新たな技は、しっかりと教本に書き残しておけ」
「抜かりありません。しかし教祖様。ネオに関して、ある問題が」
「何だ」
「ネオは執拗に、ナサニエル・ハイリゲンクロスを捜し求めています」
キーレンは以前ナサニエルに酷く打ちのめされたのを思い出し、顔をしかめた。
「何でも、生かし捕らえろと・・・」
教祖と呼ばれた男は、低い唸り声を漏らした。
「ふむ・・・。生かすのは問題だな。ナサニエルは組織にとって厄介な存在だ。見つけ次第、
始末しなければならない男だ。あの男は過去に、『エボス』の一部を壊滅させた。それも一人
でだ!」
男は吐き捨てるように言った。
キーレンもそれに対し、大きく頷いた。
「奴の力は目の当たりにしております。あの男は何体もの屍を、一瞬で浄化しました。普通の
牧師では、出来ない技です」
「ナサニエルは危険だ。ネオは奴を捕らえて、どうすると言うのだ」
「自ら手を下すと・・・」
「何を・・・馬鹿馬鹿しい! 何故そんな事を」
だが、それに思い当たる節が教祖の頭に浮かんだ。
「イライアスの記憶か」
教祖は舌打ちをついた。
「しかし教祖様、生前の記憶は無いはずです」
そのためにも、ネオの蘇生儀式の時に、イライアスの身体の一部を素に加えなかったのだ
から。
「本能のようにあるのだろう。ネオはナサニエルを捕らえたところで、殺せないはずだ」
せめて生前、イライアスとナサニエルが接触しなければ・・・。と、教祖は拳を握り締めた。
「キーレン。ネオとナサニエルが対立し、ネオが奴を殺せなかった場合、ネオを始末しろ」
「なっ・・・それでは、サナマ様は無駄死になってしまいます!」
サナマは己の命を贄として、ネオをこの世に甦らせた。
しかし、教祖は言った。
「兄は無駄死にはなっていない。事実、ネオの行動で此処まで来れて、新しい技も会得した。
キーレン、機能しない人形は、手元に置いても邪魔なだけだ」
「・・・・・・仰せのままに、教祖様」
しばしの沈黙後、キーレンはそう答えた。
それで二人の会話は終わった。
キーレンは帰り際に、教祖からチャペルの情報を受け取って、懺悔室を後にした。
牧師やシスターとすれ違いながら、キーレンはチャペルを去った。
「気楽なものだな。『エボス』の教祖が身近に居るのも気付かずに・・・」
嘲笑するようにチャペルにかかげられている十字架を見つめ、キーレンは一人呟いた。
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