An obstacle
[アガラナで起きている不審事]
・深夜二時頃になると、街にある廃屋状態の屋敷に明かりが灯り、妙な声が聞こえる。
・警察機構が調査を行おうとしたが、屋敷には持ち主が居るらしく、無断捜査は当然
不可。が、その持ち主は割り出せず依然不明。
・チャペルがこの不審事を黒ミサと判断し、家宅捜査する。結果、何も手掛かり無し。
夜に見張りを置くが、その時は決まって何も起こらず。
「・・・以上がヒアンス牧師から受け取った資料の情報だ」
ナットは読み上げた書類を机に置いた。セイクとルーシャは、改めて書類を手に取って読み
返した。
三人はアガラナの格安の宿に泊まっている。所持金はチャペルに請求すればどうとでもなる
のだが、三人とも、ある程度設備が整って
いれば何処でもいい、という考えが一致し、ツインに予備ベッドの上、大変狭い部屋を取った。
ナットはルーシャの事を考え、せめて二つ部屋を取ろうと提案したのだが、今までの道中ずっ
とセイクと一緒だったので気にしていないとルーシャに言われ、少々驚いた後、物凄く怪訝な顔 をセイクに向け、部屋の話はそれで終わった。
セイクはその後、さりげなく自分に冷たい視線を向け続けるナットに、ただ首を傾げるしかな
かった。
書類を読み返す二人に、ナットは言った。
「見ての通り情報が少ない上、本当に黒ミサ、もとい『エボス』絡みかどうかも疑わしい」
ナットの言葉を、セイクとルーシャは黙って聞いた。
「が、僕達は行くしか無い。問題の時間になったら、その屋敷に行くぞ」
「はい」
二人は同時に返事をした。
体力温存のため、と言って、ナットはコートを布団代わりにベッドに横になった。
ルーシャはナットの仮眠の妨げにならないように、小声でセイクに話しかけた。
「ね、これって黒ミサ関連じゃないんじゃないかな」
「どうしてそう思う?」
「私、聞いた事があるの。東洋ではね、夜中の二時って不吉な時間らしいよ。それにさ、人が
来た時に限って何も起こらないなんて、まるで幽霊みたいじゃない」
「まさか、これは幽霊騒ぎだって言うのかい?」
少々、呆れた口調でセイクが返した。
ルーシャは面白がるように言った。
「だったらどうする?」
「馬鹿馬鹿しい。有り得ないよ、幽霊なんて」
「もー、夢が無いなあセイクは」
「いや、夢とかの問題じゃないって・・・」
まだ出発には大分時間がある。ルーシャも上着を脱いで軽装になり、ベッドに横になった。
残されたセイクは、自分はこの堅い予備ベッドか・・・、と肩を落とし、上着を脱いでスプリング
が酷く軋むベッドに横になった。 ![]() ![]() ![]()
深夜一時半過ぎ。不審事が起こると噂の屋敷に、一人の牧師がやって来ていた。
今のところ、屋敷に変わった様子は見られない。中に灯りが無ければ、物音すら聞こえな
い。所詮は子供の悪戯の類であったのだろうか。
「だが! この私の目はごまかせられない! いざ屋敷の中へ!!」
牧師は目をギラつかせて、威勢良く屋敷へ侵入を試みた。しかし、
「お待ち!!」
と、甲高い声が上がり、それは制された。
牧師はうひゃあと大袈裟に驚くと、素早く声がした方へ振り返った。そこには、箒を手にした
小太りの老婆が居た。
「な、なな何ですか、お婆さん。こんな夜中に」
「そりゃあアタシの台詞だよ。それとね、誰がお婆さんだい! アタシはアンタみたいなデカイ孫
を持った覚えは無いよッ!」
「私もこんな祖母を持った覚えは無いです・・・」
「まあッ、最近の子はどういう躾をされているのかね!?」
「ほ、箒を振り回さないで下さいよぉ」
とりあえず、牧師は謝罪した。何故、自分が謝罪をしなければならないのか解らないまま。
「あ・・・あの、貴女は何をしてるんですか」
牧師は箒をようやく下ろした老婆に、恐る恐る尋ねた。
老婆はフンと鼻を鳴らした。
「アタシはこの屋敷の管理をしてるんだよ。以前、アンタ達牧師が中を荒らしたお陰で、アタシ
はこっぴどく怒られちゃったんだからね!」
「だ、だから箒を振り回さな・・・て、えッ!? お婆さん、貴女が此処の管理をし」
「誰がお婆さんだい! アタシにゃ、マレーっていう立派な名前があるんだよ!」
「マ、マレーさん、貴女」
「気安く呼ぶんじゃないよッ!」
「話が進まないし!!」
老人と話すのも一筋縄では行かない、と思った矢先。
「どうかしましたか」
見慣れない若い牧師に、まだ顔に幼さを残したシスター、そして帽子を深くかぶった長身の
男性が現れた。
若い牧師が遠慮がちに声をかけると、マレーと牧師は一度口を閉じた。
しかし、マレーが若い牧師を見るや否や。
「あッ、アンタも牧師だね!? 屋敷にゃ一歩も入れないよ!」
と、箒を振り回して威嚇をして来た。
事態がまったく呑み込めない若い牧師は、マレーの行動に酷く動揺した。
「わわわっ」
「少年らよ、一先ずこちらへ来るのだ!」
牧師は無駄に格好をつけると、マレーに威嚇されていた若い牧師の手を引き、屋敷から遠ざ
かった。
「ちょっと、貴方、何なのですか!」
その後ろから、シスターが文句を言いながらついて来た。長身の男も舌打ちをついて、牧師
の後に続いた。
そして屋敷から大分離れた路地で、ようやく牧師は止まってくれた。
「ふう、もう大丈夫ですよ」
牧師は大袈裟に言った。さっきの老婆を珍獸扱いした口調だ。
「あの」
「フフ。礼には及びませんよ、シスター」
「元よりしません」
幼さを顔に残したシスター、ルーシャの言葉はグサッと牧師の胸に深く突き刺さった。
若い牧師、セイクは今にも牧師に食って掛かりそうなルーシャを下がらせた。
「一体、どうしたのですか。急に走り出して・・・。さっきのお婆さんも、誰なんです?」
セイクも迷惑そうな口調で牧師に尋ねた。
牧師は歯切れ悪い口調で答えた。
「あーいえ、私はその、家宅捜査を試みようとしたところ、あのお婆さんに邪魔されてです
ね・・・」
「独りで捜査かい?」
今度は長身の男、ナットの言葉が牧師の身体を貫いた。
『独り』という事には、あまり触れて欲しくなかったらしい。
相当ショックを受けている様子の牧師を見て、三人はヒソヒソと囁き始めた。
「友達居ないのかしら」
「さあ・・・」
「パシリじゃないのか?」
牧師は肩を震わせて怒鳴った。
「き、君達ッ! 思いっきり聞こえてますよ!? 君達こそ何です、こんな時間に! アガラナ・
チャペルの者じゃないでしょう!?」
「通りすがりの聖職者です」
三人は口を揃えて言った。
「あ、なるほど。ご苦労様です」
すると、この牧師はあっさりと納得してくれた。意外と単純で頭が弱いようだ。
「ふむ・・・。他のチャペルの方々、ですか・・・。となると」
牧師は考えるような顔をした後、意味深な笑みを浮かべた。
「君達にちょっと頼みたい事があるのだけど、いいですかねえ」
正直、この牧師とはあまり関わりたくなかった。今回の件が無ければ絶対に断っただろう。
この頭が緩くて孤独な牧師が言いたい事は、嫌でもルーシャ達三人には解った。
ずばり、『捜査を手伝って下さい』、だ。
「私はタグノって言います。実はある事件がありましてね・・・」
タグノと名乗った牧師は、屋敷に起きている事を洗いざらいルーシャ達に話した。
ペラペラと話を続けるタグノを他所に、ナットはルーシャとセイクに小声で告げた。
「覚えておきな。例え話す相手が同職者でも、情報を簡単に漏らす奴は早死にする、てな」
二人は無言で大きく頷いた。
「と、言う訳で、あの屋敷に入れなくて困っているのです」
「要は、あのお婆さんをどうにかすればいいんですよね」
「その通りです、シスター」
自称・屋敷を管理しているという老婆の事は、ルーシャ達の情報には無かった。『誰か』が
見張りとして置いたのだろうか。老婆の情報を新たに知った三人は、いっそう事件をきな臭く
感じた。
「じゃ、さっきのお婆さんをどうにかしてみるか」
タグノが仕切る前に、ナットが切り出した。
ルーシャとセイクは先に歩き出したナットの後に続き、タグノは少し遅れて三人の後を追い
かけた。
屋敷に戻ると、まだ問題の老婆、マレーが居た。箒を構え、威嚇している体勢だ。
「・・・ナットさんが行って下さいよ。制服を着てないんですから」
セイクは、これだけは絶対にやってもらう、という口調でナットに言った。
ナットは心底嫌な顔をした。
「面倒臭いが仕方ない。あのー、すみませーん」
やる気の無い声で、ナットはマレーに声をかけた。聖職者の制服を着たメンバーは、街灯の
陰からナットの様子を見守った。案の定、声をかけられたマレーは物凄い形相で振り返った。
「何だい! 何度来ても無駄っ・・・」
しかしその時、何故かマレーの動きが止まった。
マレーはナットをやたら凝視している。ナット、そして他の三人は固唾を呑んだ。一体、マレー
に何が起きたのだろうか。
老婆の視線に耐えられなくなったナットが、改めて声をかけた。
「あ、あの?」
「アンタ・・・結構イイ顔してるわねえ」
「・・・・・・は?」
マレーを除く、その場に居る全員が凍り付いた。
マレーは箒を脇に抱え、両手を握り合わせてナットにジリジリと迫った。
「名前は何て言うんだい。アタシはマレーだよ。はあ、それにしてもイイ男だねえ。アタシもあと
十年若ければねえ。今はこんなんだけどさ、昔は凄かったのよアタシ。腰なんかこーんなに細く って」
「・・・・・・」
十年ではなく四十年の間違いではないだろうか。誰もがそう思ったとか。
ナットは本気で頭が痛くなって来た。助けを求めるかのように、ナットは街灯の陰に居るルー
シャに小声で言った。
「帰っていい?」
「だ、駄目です。チャンスですから、お婆さんを説得して下さい」
「うう・・・。自分より五つ以上年上の女性を口説く主義は無いんだぜ?」
半泣き状態でナットはマレーに応じた。
「ぼ、僕はナットと言います。貴女は」
「あらあら可愛い名前だねえ。ナッくんて呼んでいいかしら?」
「(しばき倒したい・・・)」
老婆パワーはあらゆる意味で恐い。そう実感した瞬間だった。
余計な話をされる前に、ナットは一気に質問攻めする事にした。
「ねえ、ナッくんは・・・え、屋敷の管理かい? 任されたんだよ。誰からって? ゴメンねえ、それ
は言えないよ。それよりも・・・ん? この屋敷はアタシのじゃないよ。アタシは管理を任されてる だけ。警察やチャペルがこの屋敷に何の用があるのか知らないけどさ、アタシはただ管理を
するだけよ。お給料もイイし。そうそ、今度ウチに来ない? お茶をご馳走しちゃうよ」
語尾に音符やら星が付きそうな弾んだ口調で、マレーはナットの問いに答えた。
「これほどまで疲れる尋問はした事が無いぞ・・・」
ナットは疲労感を露にした顔で呟いた。
大体の事は解った(という事にした)。後は屋敷に入るだけだ。もう少しだけ頑張れ、と自分を
励ましながらナットはマレーに優しく声をかけた。
「マレーさん、屋敷に入れてくれませんか」
「ん〜駄目ねえ。ナッくんの頼みでも、それはちょっと」
「そこを何とか」
もう安全ではないだろうか、と勝手に思い込んだタグノが割り込んで来た。
だが、当然。
「お黙り阿呆牧師! アタシはナッくんと話してんだよッ」
と、鬼のような形相のマレーに怒鳴られ、タグノは情けない声を上げて引き下がった。僕の今
までの苦労を水の泡にする気か、この頭のネジが緩んだ牧師は、とナットはタグノをギッと睨み つけた。タグノは更に女のような悲鳴を上げて街灯の後ろに隠れた。
ナットは深呼吸し、懸命に優しい顔を作った。
「じゃあマレーさん、二人で少し話しませんか?」
ナットが何処か引き攣った笑顔でそう言うと、マレーは有頂天になった。
「ええもう、少しどころかいっぱい話しましょ!」
マレーは馴れ馴れしくナットの腕に、自分の腕を巻きつけた。絶叫を押し殺し、ナットはその
ままマレーを屋敷から遠ざけた。
マレー
そして、邪魔者が居なくなった隙に、セイク達は屋敷に侵入した。
玄関には鍵が掛かっていなく、何も壊さずにすんなり入る事が出来た。
「あのお婆さん、管理してるって言ってたけど、随分埃臭いわね」
軽く咳込みながらルーシャは言った。頭上にクモの巣でもありそうな気がして、ルーシャは
手を顔の位置に挙げて身を低くした。
セイクは二、三歩進んだところで爪先に何かをぶつけた。
「暗くて何も見えないな」
「フフ、安心しなさいセイクくん。私がちゃんとカンテラを用意してます」
タグノはカンテラを鞄から取り出したが、そのまま静止した。
「どうしたんですか」
「・・・マッチ忘れました」
「貴方もう帰って下さいよ!!」
「ル、ルーシャ、落ち着けって。気持ちは解らないでもないから・・・」
仕方なくセイクが魔術で火を点けた。
暗闇の中の唯一の灯りに照らされたルーシャの顔は、怒っている所為か余計に怖かった。
「もう早く行こう! 犠牲になったナットさんにも悪いわっ」
「犠牲って・・・死んだように聞こえてヤダな」
とにかく捜査を開始した。カンテラは一つしかないので、効率は悪いが三人一緒で屋敷内を
見回った。
何処の部屋も、埃とクモの巣まみれだ。最早此処は、人が住めるような場所ではない。
だが、人が『何か』に利用する場所ではあるだろう。
一階は一通り捜査した。目ぼしい物は何も無かった。
「次は二階だな」
玄関の方へ戻り、セイクは二階へ通じる階段を上った。気が腐っていて所々に穴があり、酷く
軋む階段だった。
すかさず格好をつけようと、タグノは隣に居るルーシャに言った。
「ルーシャさん、足元に気を付けて下さギャーッ!?」
タグノの足元の板が割れ、彼は階段から落下しかけた。だが、すんでのところで手摺りに
掴まり、一大事は避けられた。
「セイク、蹴落としていい?」
「・・・駄目だよ」
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