魔王、受難 7
天界との闘いで深手を負い、止む無く人間界に転生した魔王デスネル。
しかし、運命の悪戯か、デスネルが転生した人間の器は『女』であった。
身体は女、中身は男。そのアンバランスな生活にも少しずつだが慣れて来たある日、再び
女としての災厄がデスネルに降りかかるのだった。
「ラ・・・ラキュルス」
トイレから部屋に戻って来たデスネルは、真っ青な顔をしていた。
すっかり人の姿でくつろいでいたラキュルスは、ギョッとしてデスネルの傍へやって来た。
「い、如何しましたデスネル様! 何処か具合でも!?」
「ラキュルス・・・妙な、というか、変な質問をしてもいいか・・・?」
「妙と変の違いがよく解りませんが、何なりと!」
デスネルは何度も、何度もしぶった後、ようやくラキュルスに問いたのだった。
「あ、のな・・・。に、」
「に?」
「にょう」
「はい?」
「何度も言わせるな。尿だ」
「ああ、はい」
「それに、血が混じるとは・・・あるのか?」
「血、ですか? そうですねえ、血が出るとは文字の通り血尿。即ち、排尿に関する人間の
臓器である腎臓に、何らかの支障が起きたか、あるいは」
ラキュルスは人間の身体を持つデスネルのために、『家庭の医学』を読み漁り、そのすべて
の知識を頭に叩き込んでいた。ちなみに、魔族は当然のように病気など起こさないが。
「あ、あるいは何だ?」
「癌、と申しますか」
無茶苦茶ベタで狙ったと周りから言われそうだが、確実にデスネルの頭にはガーンッとショッ
クの音が鳴り響いた。
デスネルは物凄い勢いでラキュルスの胸倉を掴んだ。
「が、癌!? 癌と言うとアレか!? 人間の体内に生じる物体で、徐々に宿主の生命力を
蝕んで行き、あげくの果てに人間を脱毛させると言う!!」
「あながち間違ってはいませんが・・・。脱毛は薬の副作用と聞いております。それで、どうした
のですか? ・・・まさか」
「うっ・・・そうなのだ・・・。どうやらわしは、とことん運の無い男だ」
身体、戸籍上は女だが。
「わしの器は完成しないばかりか、この器もやがて使い物にならなくなる・・・。ラキュルス、どう
にかしろ! わしは再び死ぬためにわざわざ面倒臭い転生の術をやったのではない!!」
「お、落ち着きを、デスネル様。本当に血が?」
「嘘でこんな馬鹿げた事を言うか! 朝から頭は重いし腹は痛いし、今し方トイレに行ってみれ
ば下着はどす黒く汚れ、拭いても拭いても血が止まらぬ!!」
「・・・・・・それってまさか、月経ではないのでしょうか?」
「ゲッケイ? 何だそれは。癌の一種か?」
「癌から離れて下さい、デスネル様。大丈夫です、癌ではありません。第一、こんな若いうちに
癌が生じるなど、有り得ません」
「し、しかし」
「大丈夫です。女性に必ず起こる事なので」
「わしは女ではなーーーいッッ!!」
「グホッ!!」
綺麗にデスネルの拳がラキュルスの左頬に決まった。
腫れ上がった頬と鼻血が生じながらも、ラキュルスは真剣にデスネルに説明した。
「よ、よろしいですかデスネル様。殴らずに最後までお聞き下さい。女性の身体には子宮と
呼ばれる臓器があります。それは成熟すると子供を作るための準備を致します。本人が望ん
でいなくても、です。拳を下ろして下さい」
ラキュルスは何処から取り出したのか、紙を広げ、そこに図を描き出した。
「子宮には二つの卵巣がこのようについております。この卵巣から人間の生命の素となる卵子
が生じ、これは子宮へ移動して来ます。その時の子宮は、このように分厚くなっているそうで す」
と、ラキュルスは図の子宮の層をペンで厚くした。
「何故膨らむ?」
「受精の準備らしいです。それで、受精が行われなかった場合、この層は不要となって剥がれ
落ち、月経となって体内の外へ排除されます。血はそのためです。世間では生理とも言うらし いですよ」
「なるほど・・・。では、この層の残骸が出来切ってしまえば、血も止まるという事だな。まったく、
人間とは妙な身体よ。こんな時期に子作りの準備をしてどうすると言うのだ。馬鹿馬鹿しい」
心配をして損した、とデスネルは本調子を取り戻した。
「で、ラキュルス。この血はそろそろ止まるのか?」
「あーそれですが、本によると月経は毎月来るらしく、その上、止まるのは始まってから一週間
後に・・・」
再びデスネルの顔が凍りついた。
拙い、と思ったラキュルスだが、遅かった。あえなくデスネルの無情な拳を喰らったのだった。
ラキュルスの助言の通り、デスネルは母親に月経の事を話すと、何故だが母親は「お姉さん
になったわねえ」と微笑ましく言った。微笑ましいものかこのアバズレが、とデスネルはそっと
暴言を内心で吐いた。
そして母親から生理に関する施しを伝授された。生理用の下着、絶対に欠かせないナプキ
ン。これを小まめに変えろと言われ、お腹と頭がどうしても痛い時にはこの薬を飲むように、と 錠剤を渡された。
女とは何て面倒臭い。
デスネルは、今日ほど人間の女を嫌った事は無かったとか。
「くそう・・・。腹が痛くてたまらん。薬はまだ効かないのか」
デスネルの苛立たしく言うその姿は、まさに女性そのものだった。その自分の苛立つ様子に
気が付いたデスネルは、ようやく休日の昼ドラでやっていたセクハラ上司の「今日はあの日か な〜?」の意味が解った。と言うより、仮にも小学生がどんな昼ドラを見ているのだ。
「何故に女だけこんな厄介な日があるのだっ・・・」
口から出るのは愚痴ばかりであった。
デスネルの初潮は重く、体育の授業も休むほどだった。大して体育の授業が好きでないデス
ネルにとっては、有り難い事であったが。ブルマーをはかずに済んで。
体育の授業の後、友人がデスネルの事を心配してやって来た。
「愛依ちゃん、大丈夫?」
「何とかな・・・」
と、デスネルはしきりに腹部をさすった。
そこへ、どのクラスにも一人ぐらい居るだろう、高飛車で仕切りたがり屋で目立ちたがり屋の
女子とその取り巻きの女子達が、露骨にニヤニヤしながらデスネルの元へやって来た。
「三島さん、生理なんでしょー?」
確か名前はイカだったかユカだったか・・・。とりあえずそんな感じの名前の女子が、冷やか
すようにデスネルにそう言った。
デスネルの事を心配して来てくれた友人は、嫌そうな顔をして黙ってしまう。
しかしデスネルは、
「そうだがそれがどうした? 何をニヤニヤ笑っている。セクハラ上司かアンタらは。いずれ
アンタらもなるんだろーに、何を馬鹿にしてるんだ。アホらしい。という事は、アレか? アンタら
はまだ全然未熟な身体だって事だな」
今度はデスネルが嘲笑を浮かべて彼女達を見下した。
「な、なんですって!?」
イカユカ(仮)が食って掛かるような顔で怒り出した。言い負かされるとは思っていなかった
ガキの典型的なパターンだ。こんな遊戯に付き合ってはいられない。
「行こう」
デスネルはすっきりした顔で、友人の手を引いて彼女達の横を通り過ぎた。
「愛依ちゃん、凄いね」
「大した事じゃない(普通に下らん・・・)」
「・・・あのね、あたしも生理なんだ」
「今か?」
「ううん。もう終わったけど」
「羨ましい限りだ」
デスネルも自分と同じだと知った所為か、友人は妙に嬉しそうだった。
何故、人間の女は生理という事を隠したがる上に、さっきのイカユカ(仮)のように無意味に
冷やかす輩も居るのだろう、とデスネルは思った。
まあこんな下らない事、微塵も解りたくないが。
ただでさえ億劫な気分なのに、こんな下らない事態まで勃発するとは。やはり人間の身体
(女)は最悪だ。
つくづくデスネルはそう思った。
「(この受難はいつまで続くのだ・・・くそっ)」
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