The history of Chapel

 セイク達は朝一番の汽車に乗っていた。行き先はアガラナという街だ。情報では、度々その
街で不審事が起きているとの事だった。
 こんな雑務的な仕事は下級の牧師の役目なのだが、今回は少々異なる。と言うのも、ヒアン
スから受け取ったこの分厚い資料は、すべて黒ミサ組織『エボス』との関連があると予想されて
いるものだからだ。
 セイクには一般的な黒ミサ、悪魔崇拝者の事件と『エボス』による事件の違いが解らないが、
上部の人間には区別がつくらしい。これもキャリアの差だろう。
 資料を読んだところ、今回の件はごく普通の酔狂な人物によるものと捉えられる。少なくとも
セイクには。しかし、この事件が『エボス』によるものだと想定されている以上、出向かない訳に
は行かない。
 アガラナ・チャペルの牧師も出張っているだろう。彼らと鉢合わせになるのは目に見えている
が、調査に行くのも『エボス』の事を大司教から任せられた自分達の役目だ。現地のチャペル
は、別所から来たチャペルの者に対して冷たい。現地の事件に首を突っ込んで来るのなら、
尚更だ。
 鉢合わせた場合、小競り合いが起きない事を切に願った。
 ナットは、向かい側の席で既に寝ていた。ルーシャもセイクに寄り掛かって寝息を立ててい
る。気楽だなあ、と思いながら、セイクはヒアンスから受け取った別の資料を開いた。
 この資料には、チャペルと『エボス』の経歴が書かれてある。
 時は二十年程さかのぼる。一人の男が錬金術を用いて神を創った事から始まった。その男
は元牧師であり、名を『イライアス・ダル・シューゼムナイト』と言った。
「(・・・何処かで聞いたような名前だな)」
 セイクは先を読んだ。
 イライアスが創り上げようとした神は、ある牧師の手によって完成を阻止され、正式にチャペ
ルの上部の牧師が解体を行った。
 そのある牧師こそ、セイクの向かい側の席で悠長に寝ている彼、ナサニエル・ハイリゲンクロ
スなのだ。今は色々と敵が多いらしく、ナットと名乗っているが。
 セイクは資料に目を戻した。
 ナサニエルは元々、イライアスの神創りを阻止するため派遣された牧師であった。
 神が完成しなかったと言う事は、当然ナサニエルがイライアスを追い詰めたと言う事になる。
だが、通報により警察機構が現場に赴いたところ、その場にイライアスとナサニエルの姿は
無く、未完成の神だけが残っていたらしい。捜査を行ったが、二人の行方は不明となってしまっ
た。
 しかし事件から一年後、ナサニエルはリベル・チャペルに現れた。
 ナサニエルはイライアスは死んだと報告し、他に何も語らなかったようだ。
「(行方不明になってから一年間、何があったんだろう・・・)」
 セイクはナットを盗み見たが、依然眠ったままだった。
 一年間の空白が気になるが、一先ず保留にし、セイクはページをめくった。
 今度は事件後のチャペルの動きである。
 事件後の世間は、まさに混沌と化していた。
 神の創造。その壮絶な闇の錬金術に魅せられ、禁忌を犯す者が日々増えて行ったのだ。
それを鎮圧するため、チャペルは組織を強化し、今から十五年前に『六芒聖士団』が結成され
た。
 名の通り六人の最優秀の牧師で構成され、それぞれ六つの大手チャペルに所属し、指揮を
執っている。
 彼らの力で世間は安定を取り戻しつつあったが、それを嘲笑うかのように誕生した組織が
あった。
 それが黒ミサ組織『エボス』だ。
 『エボス』の情報は下級の牧師には行き届かない。それは危険が及ばないためだ。事実、
セイクもついこの間まで『エボス』の存在を知らなかった。シスターであるルーシャにおいても
然り。
 『エボス』は何処に潜んでいるか解らない。情報収集においてはチャペル一であるセルネニア
の情報部でも、『エボス』の本拠地を知り得なかったほどだ。
 資料によれば、『六芒聖士団』の団長は『エボス』に暗殺されたらしい。今は二代目が居る
が、暗殺を避けるため、団員にも姿と名を隠しているらしい。
 セイクは身震いした。自分も下手をすれば、知らぬ間に背中を刺されるかも知れない。
「(平牧師の俺に、この任務は務まるのかな・・・)」
 ルーシャは気楽に寝ている。やれやれとセイクは正面を見ると、サングラスを外したナットと
目が合った。
「(い、いつの間に起きて・・・てか目付き怖っ)」
 見つめると言うより、睨んでいるようだった。
「あ、あの、何か?」
 セイクはナットの鋭い眼光に耐えられなくなり、尋ねた。
 ナットは何処か威圧するような口調で言った。
「今後、厳しい事態が続くと思う。彼女は君が全力で護れ」
「彼女・・・ルーシャの事ですか?」
 そんなの言われるまでもない、とセイクは態度で示した。
 話はそれだけなのか、ナットはサングラスをかけた。
「あの、一つ聞いていいですか」
「断る」
「ぐっ」
 顔をしかめるセイクを見て、ナットはニヤリと口元を歪ませた。
「何で拒否するんですか」
「自分の秘密は、惚れた女性にしか話さない主義でね」
 セイクは心底呆れて、言い返す言葉も無かった。





                              





 昼時に、汽車はアガラナに到着した。三人は適当な飲食店に入り、食事を採りながらその
後の予定を立てた。
「食事が終わったら、泊まる所を探そうな」
 ナットが言うと、セイクは、
「じゃあ、俺はチャペルに行っておきます」
 と返した。
「何で」
「どうして」
 しかし、セイクはナットとルーシャから同時に厳しくそう問われた。
「な、何か拙かった?」
 セイクは隣に座るルーシャに目を向けた。
 ルーシャは眉をひそめながら人差し指を立て、それをセイクの目の前で振りながら言った。
「だってそうでしょ。今回の件は些細な事かも知れないのに、私達が本部から来たとか言ったら
アガラナ・チャペルに変だと思われるし、最悪連中にも気付かれる場合もあるでしょ」
 連中、言うまでもなく『エボス』の事だ。
 ナットはルーシャの言葉に対し、満足げに頷いた。
「お嬢さんの言う通りだ。僕らはあくまで『偶然』通りすがったチャペルの人間なんだ。解った
かな」
「い、いいんですか? 仮にも許可無く事件に首突っ込んで・・・」
「ばれなきゃ問題無いわ」
 ルーシャは平然とそう断言した。
 ナットは笑いを噛み殺している。かなりウケたらしい。
「同感だ。気に入ったよ、お嬢さん」
 この二人、無駄に気が合って困る。今後の事を思うと、セイクはやや不安になった。
「妬いてんの?」
「違うよ!」