Neo
赤地に烏の羽根と漆黒の逆さ十字。それが黒ミサ組織『エボス』のシンボルだ。
彼らはその辺に居るような黒ミサとは訳が違う。悪魔を何よりも崇拝し、その行き過ぎた宗教
や儀式はすべて目を覆いたくなるようなものだ。
生きた人間の身体の一部を取り、例えば他人同士の手足や胴体、そして生首、それらを簡
易に縫い合わせて黒魔術を使用し、『ゴーレム』を創り上げたり。
処女の生き血をベースに、若返りの秘薬を発明したり。
人体を改造して、生身の身体に刃物を埋め込み、人そのものを武器として創り変えたり。
また信者の中には、実の子を自ら生け贄に差し出す者も居る。
これらには、すべて禁忌の黒魔術が用いられている。そして、犠牲者達の魂も・・・。
『エボス』の手に掛かった哀れな犠牲者は、今日まで後を絶たたない。
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セルネニアにて黒魔術で蘇生されたネオは、移転法陣で無人の荒れ地に到着した。目障り
な男、キーレンも一緒だ。
キーレンはずっと土下座するようにうずくまったまま、ネオの足元に居た。
「いい加減に失せろ」
ネオがそう言い放つと、キーレンは震えながら言葉を発した。
「わ、我ら『エボス』は貴方様の復活を、お待ちしておりました。ぜ、是非、その力を・・・」
「貴様らの組織など知った事か」
さっきより鋭く一喝すると、キーレンは小さな悲鳴を上げた。
しかし、キーレンは全身に冷や汗をかきながら、必死になってネオに食いついた。
「わ、我らは貴方様の望みに協力を惜しみません!」
「ほう・・・では問おう。私は何を望んでいると言うのだ」
キーレンの額に噴き出した汗が、頬を伝って地面に落ちた。喉も次第にカラカラに渇く。後頭
部に銃口をあてがわれている、そんな感覚だ。
生唾を飲み込み、キーレンは答えた。
「あ、貴方様の望みは、この世をしゅ、粛正する事!」
『粛正』。何故だか妙に懐かしい言葉だった。キーレンの言葉に、ネオは失笑した。
「随分と『生前』の事を調べたものだな」
その望みは蘇生される前のものに違いない。懐かしいと感じたのはその所為だ。今では何の
価値も無い。
自分は『ネオ』として生まれ変わったのだ。生前の記憶は薄ぼんやりとしか思い出せない。
だが、今の自分には不要のものだ。この記憶を取り除いてしまいたい。
いま
生前、自分が誰であろうと、何を望んでいようと、『現在』の自分には無価値。
ネオはキーレンの胸倉を掴んだ。
「私の望みはこの世の破壊。それだけだ!」
キーレンは突き飛ばされると、情けない悲鳴を上げ、一心に謝罪の言葉を繰り返した。
ああ、目障りだ。何て醜い。ネオは蔑んだ目をキーレンに向けた。
そう、自分の中に渦巻くのは『破壊』の力と言葉しかない。この身体はいわば、黒魔術の塊の
ようなもの。全身が破壊と殺戮を欲している。
すべてを破壊したい。
だが、ただ破壊するのではない。人と人との間に陰謀の鎖を張り巡らせ、一つの事が起こる
と連鎖的に様々な事態の惨劇が勃発するようにし、人の身体はおろか精神をも壊し、信頼、
友情、愛情などという虫唾が走る言葉を消し去ってしまいたい。
幸いにも、この世には警察機構、チャペルという市民から頼りにされている組織がある。まず
はその二つを利用し、最終的には消してしまおう。
この世を破壊し、汚染し、混沌に陥れれば、もう何も言う事は無い。
ふと、ネオはキーレンに目をやった。
この男も消し去るべき存在だ。だが・・・。
ネオは思った。どうせ消し去るのなら、使うだけ使った方が利口だ。人間は便利だ。悪意に
満ちている者なら尚更だ。
「貴様、協力を惜しまないと言ったな」
「は、はい」
「気が変わった。貴様の組織とやらに案内しろ」
「あ・・・有り難いお言葉! 感謝致します!」
キーレンにようやく安堵の色が現れた。ネオは煩わしそうに顔を背ける。
その時、ネオの頭にある人物の姿が浮かんだ。
墓地で自分を『イライアス』と呼んだ男だ。彼は生前の自分を知っているに違いない。生前の
記憶は邪魔なもの。排除すべきもの。今の自分を確立させるためには・・・。
あの男を始末しなくては。
闇に染まった寒空を見上げ、ネオは小さくそう呟いた。
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