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翌朝、クレイズ大司教の元にルーシャ、セイク、レオ、シールが到着した。
「おはようございます。皆さん、揃ったようですね」
「あの大司教様、ナサニエルさんが居ないようですが・・・」
ルーシャが恐縮がちに言ったと同時に、部屋の本棚が横に動き、ナサニエルが現れた。
「やあ諸君、おはよう」
「ど、何処から出て来るんだ君は」
「僕の事は関係者以外に知られちゃ拙いって言っただろ。はい、無駄話終わり」
ナサニエルは無理矢理、会話に終止符を打った。
「では、今後の方針を話し合いましょう」
クレイズの話が始まり、全員の顔に緊張が現れた。
今後の方針。まず警察側のレオ達はネオを指名手配し、彼の情報を集める。そしてチャペル
側のルーシャ達は、ナサニエルと共に組織『エボス』の追求、及び今後における連中の行動の 制圧。
「『エボス』?」
聞いた事の無い名だ。ルーシャの疑問にナサニエルが答えた。
「規模が大きい黒ミサの集団だ。高度の黒魔術を所有していて、単なる悪魔酔狂な奴らじゃ
ない」
でもって昨夜の儀式を行った連中だ、とナサニエルは付け足した。
「その組織の情報については、ヒアンス牧師に頼めばいいでしょう。彼の情報収集力は我が
チャペルの自慢です」
「ヒアンスか。そういえば、随分ご無沙汰だ」
ナサニエルは懐かしむように言った。どうやら彼とは顔見知りらしい。
大まかな方針は決まった。レオ達は早速機構に戻り、ネオの手配に回った。立ち去り際、
レオはナサニエルに声をかけた。
「忙しくなりそうだ。次に会えるのは凄く先になるな」
「僕は出来る限りお前に会いたくないけどな」
「そう言うと思った・・・」
やれやれと溜め息を吐いて、レオはクレイズに敬礼し、ナサニエルの肩を軽く拳で叩くと部屋
を出て行った。
そしてクレイズは、ルーシャにヒアンス牧師宛の紹介状を渡した。
「それでは、くれぐれもお気を付けて」
「はい。有り難うございます、大司教様」
セイクとルーシャは揃ってクレイズに頭を下げた。
「じゃあ、行くか」
素顔を隠すためなのか、ナサニエルは帽子とサングラスを装着した。
「(余計目立つと思うんだけどなあ・・・)」
というより、不審者だ。ルーシャは、あえてそう口には出さなかったが。
セルネニア・チャペルの内部の造りはよく解らないので、ルーシャ達はナサニエルに案内され
て情報部へと向かった。そこの責任者であるヒアンスは、情報役としての個室を所有している らしい。
ようやく着いたヒアンスの個室は、ルーシャの想像していた部屋の情景をくつがえすもので
あった。
「凄い量の書類・・・」
ルーシャは半ば呆れた口調で言った。至る所に書類が散乱し、まるでゴミ置き場みたいで
あった。床にも書類の山がある。下手に触ると書類の雪崩が起きそうだ。
もう少し小奇麗な場所だと、ルーシャは思っていた。
「ヒアンス牧師、いらっしゃいますか」
セイクが呼び掛けると、部屋の奥から派手な物音がした。そして、書類を撒き散らしながら
ヒアンスが出て来た。
「イタタ。はい、居ますが・・・あ、セイクさんにルーシャさん。どうしました?」
「おはようございます、ヒアンス牧師。これを、大司教様からです」
ルーシャはクレイズからの紹介状を渡した。ヒアンスは速読でサッと目を通すと、ニッコリと
微笑んだ。
「解りました。すぐに情報を集めますので、お昼頃にまた来て下さい」
すると、ヒアンスはルーシャ達の後ろに居るナサニエルに気が付いた。
「貴方・・・ナットさん、ですか?」
途端、ヒアンスの顔付きが変わった。
ナサニエルはサングラスを取った。
「やあ、久しぶりだな」
「お、お久しぶりですナットさん! いつこちらへ。言って下さればいいのに、水臭い。何年振り
でしょうか。いやあ、お懐かしい! お変わり無い様子で。どうしてセイクさん達と? あ、今
お茶を」
「い、いやいいよ。僕は彼らの保護者みたいなもんだ。また来るからよろしく」
ナサニエルは逃げるように立ち去った。ヒアンスの残念そうな声が上がったが、ナサニエル
は極力無視した。
「あの、よろしくお願いします」
「え? ええ、お任せを」
一瞬、不安だとルーシャは思った。ナサニエルに話しかけていた間、絶対にヒアンスはルー
シャ達からの依頼を忘れたに違いない。
セイクとルーシャはヒアンスに会釈すると、ナサニエルの後を追った。廊下では、少し脱力
したナサニエルが二人を待っていた。
「凄い熱烈な方でしたね」
「ああ。以前に会った時、何故か無駄に気に入られてね。以来あんな調子だ」
ナサニエルは苦い顔をして言った。
「さて、昼まで時間があるようなので、僕は失敬させてもらうよ」
「え? だって捜査は」
「坊主、捜査は情報が無いと出来ないだろ」
「ぼっ・・・うず!?」
セイクはナサニエルの暴言に彼を凝視し、ルーシャは思わず吹き出してしまった。
それでも何とか怒りを抑え、セイクはナサニエルに言った。
「で、でも俺達も、些細な情報を集め」
「何処に『エボス』が居るか解らないんだ。下手に動いて叩かれるのがオチだ」
セイクはグッと言葉に詰まった。しかし、ナサニエルは容赦なく更に言った。
「チャペルの情報役はプロだ。ド素人の君が出りゃ、すぐに『エボス』に嗅ぎつかれる」
「くっ・・・」
「軽率な行動は控えるんだな、坊主。じゃ」
「あ、あの、何処へ」
立ち去ろうとするナサニエルに、ルーシャは慌てて声をかけた。
「隠れている。昼にヒアンスの所で会おう」
そう言ってナサニエルは行ってしまった。
ナサニエルの姿が小さくなると、セイクは不満を露にした。
「な、何なんだよ、あの人! 人の事を・・・ぼ、坊主とか!」
「ナサニエルさんなりに心配してくれたんだよ。そりゃあ、言い方はアレだったけど」
珍しくルーシャがセイクをなだめた。
だが、相当『坊主』が頭に来ているらしい。セイクはまだブツブツと呟いていた。
「・・・セイク、私ちょっと母さんの所に行って来るね」
「え、ああ」
また後でね、と言って、ルーシャはセイクと別れた。
「失礼します。ルーシャ・H・リックスです」
「どうぞ、お入りなさい」
大教母の執務室に入ると、エルフリーデは相変わらず大量の書類と向き合っていた。
エルフリーデはいったん書類から目を離し、ルーシャを見た。
「ルーシャ、どうしたの?」
「うん、あの、大司教様から私達の事は・・・」
「聞いたわ。『エボス』追求の事でしょう」
それならば話が早い、とルーシャは思った。
「私、正直不安だよ。こんな組織的な黒ミサと関わるなんて、思ってなかったから」
「・・・降りたい? 責めはしないわ」
ルーシャは首を横に振った。
「降りないよ。ただ、挫折してしまわないか不安なだけ」
「挫折?」
「私はシスターだよ。魔術は使えない。もし途中で足手まといにでもなったら・・・」
ナサニエルもセイクも魔術を使える。ルーシャは昨夜の儀式の事を、まだ引きずっていた
のだ。
「ルーシャ」
エルフリーデは席を立って、ルーシャの傍に来た。
「魔術が使えなくても、貴女には貴女にしか出来ない事があるわ。それとも、貴女は魔術に
頼らないと何も出来ないの?」
「そ、それは無い!」
今まで魔術無しで事件に(首を突っ込み、)立ち向かって来たのだ。
「今度だって頑張るわ」
悔しさの勢いでだが、少しだけ本調子を取り戻した。それにエルフリーデも満足げに頷いた。
「その気持ちがあれば充分よ。それに、貴女は独りじゃないわ。セイクにライオネルくん、勿論
私も居るのだから。頼る事は恥じるものではないわ」
「うんっ」
そして、ナサニエルだって居る。
一瞬ルーシャの頭に某補佐官の顔も浮かんだが、この際無かった事にした。
「母さん、私頑張るからね」
「でも、怪我の無いようにね。ところでルーシャ」
「何?」
「昨日の夕方からかしら。チャペル中のランプ油が誰かに盗られたと、マザーから報せが来た
のだけれど」
「ぅっ・・・」
「心当たり、あるみたいね」
「ぁ・・・あはは」
「今すぐ反省文十枚書きなさい!!」
「ご、ごめんなさいーッ」
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