Meet again
ナサニエルは物凄く不機嫌そうな顔でレオを見た。そして一言こう言い放った。
「ヒトチガイデス」
「嘘をつけ!! 堂々と名乗りあげておいて、何だその態度は! 大体、格好をつけるために
言わなくていい詠唱をいちいち言うのは、世界中で君だけだ!」
「ひ、人が気にしてる事を・・・」
「そんな事より、今まで何処ほっつき歩イタァッ!!」
ナサニエルは、うるさく怒鳴り散らすレオの顔に石を投げ付けて黙らせた。
「今は目前の方が大事だろ馬鹿。そこの少年少女、まだ事は終わってないぞ!」
ようやくルーシャとセイクは我に返った。彼の言うとおりだ。鞭で叩かれた馬のように、ルー
シャはサナマに向かって駆け出した。
自分は魔術も使えない上、非力な子供だが、何かせずには居られない。このままでは引き下
がれない。セイクもルーシャの後を追って駆け出した。
さっきの炎に巻き込まれなかった信者達が二人に迫った。連中もルーシャ達が子供だからと
いって容赦はしなかった。短剣を振りかざし、ルーシャに斬りかかった。
ルーシャは地面を転がって避け、再びまた駆け出した。ルーシャの背中を襲おうとした信者
はセイクに体当たりされ、更に彼の魔術で足を氷づけにされた。
「この!」
「きゃあ!」
突如、ルーシャの横から男が覆いかぶさるように跳んで来た。男の重みに身体のバランス
が崩れ、だがすぐに男の拘束が解かれた。ナサニエルだった。いつの間に現れたのか、ルー
シャを捕らえようとした男の顔に、まったく手加減無しの蹴りを喰らわせた。
「走るんだ、お嬢さん」
「は、はいっ」
ナサニエルは信者達を次々に殴り、蹴り倒し、ルーシャに道を空けた。
「馬鹿が、もう遅い」
サナマは詠唱を終え、短剣を懐から取り出した。何かの兆候なのか、先程まで星が見えて
いたのに空には雷雲が渦巻いていた。
ルーシャは手を伸ばした。後少しでサナマに手が届く!
「我が命をもって甦れ、イライアス・ダル・シューゼムナイト!!」
サナマは躊躇無く短剣で自分の胸を貫き、金の器に倒れ込んだ。その時落雷が起こり、サナ
マに落ちた。蒼い炎が煌々と燃え上がって器を包み込むと、次の瞬間に器は爆発した。
「あッ!?」
ルーシャは飛んで来た破片に目を瞑った。熱気が肌をかすめ、とてもこれ以上は近づけな
い。ナサニエルがルーシャの腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。
熱気と爆風が治まった。ルーシャは恐る恐る薄目で落雷した場所を見た。そこには、サナマ
とは別の人影があった。爆煙が風によって流れ去ると、その人影がはっきりと見えた。男性 だ。
男はフラリと地面にうずくまり、吹きつける風にぶるりと身体を震わせた。
まるで蝋のような白い裸体、背中に垂れるブロンドの長髪。
こんな容姿の人物は、今までそこには居なかった。何処から現れたのか。考えられるのは
一つしかない。黒魔術の死者蘇生の術で、再びこの世に誕生したのだ。
初めて目の当たりにする死者の蘇生に、誰もが釘付けになり、誰もが言葉を失った。
うずくまっていたブロンドの男は、傍にある敷物で身体を覆い、不安定な足取りで立ち上がっ
た。
「イライアス・・・。甦ってしまったか」
ナサニエルは哀しそうに眉をひそめ、ポツリと呟いた。
レオも息を呑んだ。イライアス、その名は忘れられない。そしてその姿も。レオはブロンドの
男に釘付けになった。まるで、時間がさかのぼったような感覚にも見まわれた。
キーレンは興奮に身を震わせ、振り絞るように大声を上げた。
「わ、我が主・・・我が主の誕生だ!」
するとブロンドの男はキーレンに向けて手をかざし、突然魔力を放った。
「ひっ!?」
間一髪でキーレンは攻撃を避けた。背後の墓石、近くに居た信者達が吹き飛んだ。
ブロンドの男はゆっくりと顔を上げ、顔にかかる前髪の間からキーレンを睨みつけた。
「主? 思い上がるな、誰が貴様の主だ。が、私をこの世に誕生させたのは褒めてやろう」
「イライアス!」
ナサニエルは男の傍へ駆け寄った。男は冷たい視線をナサニエルに向ける。
「その名は生前の名だろう? 今は違う。そうだな・・・新しき者、その意を持つ『ネオ』。それが
今の私の名だ」
ネオの足元に魔法陣が浮かんだ。黒魔術、転移法陣だ。
「待て、イライアス!」
「お、お待ちを!」
キーレンはネオの魔法陣に飛び込んだ。光が上がり、ネオはキーレンと共に姿を消した。
ナサニエルは間に合わず、彼らが消えた地面を悔しそうに踏み付けた。
自分達を統べる者が居なくなり、この場に残された信者達は、ただただ呆然とした。
「キーレン様が行ってしまわれたぞ・・・」
「お、俺達はどうすれば・・・」
そこへ、ボキリと拳が鳴る音が上がった。ナサニエルだ。
「全員、全治三ヵ月の刑を下す!!」
ナサニエルがそう言うや否や、墓場に悲鳴やら打撃音が上がり出した。
レオはハッとしてシールに呼び掛けた。
「シール、黒ミサの捕獲にかかれ!」
「え、えっ!?」
「ボサッとするな! 彼は本気だ。被害を最小限に食い止めろ!」
「り、了解!」
一変して慌ただしくなった状況に、セイクは唖然として立ち尽くしていた。ルーシャは死者蘇生
の光景がショックだったらしく、しばらくの間は動けなかった。
怖かった訳ではない。いや、怖さもあるが、それ以上に驚きが大きかった。
これまで数多くの魔術を見て来た。しかし、死んだ者が生前の姿で甦る魔術など、今回が
初めてだった。
「・・・あ」
カラン、と手から杖が落ちた。拾い上げようとして、ルーシャは気が付いた。
手が、物凄く震えていた。
そして、わずか数十分程度で黒ミサは全員捕獲された。しかし、ナサニエルの手により大半
が半死半生状態であった。
「何て無茶をするんだ!」
レオはナサニエルに怒鳴った。当の本人には、悪びれる素振りは微塵も無かった。
「当然だろ。こいつらのした事を考えれば」
「そうだがっ」
シールは恐る恐るレオに声をかけた。
「あの、少佐。こちらの方は・・・」
「あ、ああ。彼は」
「いい、自分で言う。お前に任すと何言われるか、
レオは何をっ、と怒るがナサニエルは無視した。
「えー何を隠そう、僕は牧師だ」
「(嘘くさい!!)」
レオを除く全員がそう思った(黒ミサ含)。
「以上だ」
「そ、それだけですか!?」
彼はそれ以上、一切何も語ろうとしなかった。
シールはレオに小声で尋ねた。
「少佐、大変恐縮なのですが、まさかこの方が捜していたご友人・・・」
「・・・そうだ」
レオは溜め息をつき、思い切り眉をひそめて答えた。そこへナサニエルは、
「へえ、お前に友達なんて居たのか」
「人をからかうのもいい加減にしろナサニエル!」
レオはナサニエルのコートの襟を両手で掴んだ。
「ちょ、ちょっとレオさん」
「十年以上も何処に居た!! 君のご両親は勿論、私がどれだけ心配したか! エルフリーデ
さんだって!」
本気で怒るレオを前に、ナサニエルはようやく真剣な顔立ちになった。
ナサニエルは観念したように口を開いた。
「悪かった。そう熱くなるなって。だがな、此処では詳しく話せない。今の僕には敵が腐る程居る
んだ」
「敵・・・? ナサニエル、一体」
「ストップ。あまり公の場で僕の名を呼ぶな。とりあえず、ナットとでも呼んでおいてくれ」
「はあ?」
「別に様付けでもいいんだぜ? そっちのお嬢さん達も頼んだぞ」
ルーシャは怪訝な顔をして頷いた。さっきまで散々自分で本名を明かしておきながら、今更で
ある。
ナサニエルはサナマの死体を避け、器が砕け散った場所に落ちている本を拾った。『スティク
ス奇書』だ。
「さて、チャペルに戻ろうか」
「あ、待て! 黒ミサ信者はどうするんだ」
「拘束して放置でもしておけって。後でチャペルに連絡して取りに来てもらえばいい」
ナットはコートのポケットに手を突っ込み、歩き出した。まったくもってマイペースな男だった。
立ち去り際、ルーシャは儀式の事を思い出した。
結局、儀式は止められなかった・・・。
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街が寝静まった頃、ルーシャ達はチャペルに帰還した。
「お疲れ様でした、シスター・ルーシャ、セイク牧師。他の皆様もよくご無事で」
「クレイズ様、申し訳ありません。儀式を止められませんでした」
ルーシャとセイクは頭を深く下げた。
「貴方達は最善を尽くしました。自分を責める事はありません」
「でもっ」
ルーシャは納得が行かなかった。自分にもう少し力があって、それこそ魔術が使えたら・・・。
思い上がりかも知れないが、そう思わずには居られない。
クレイズは話を続けた。
「この事件はまだ終わっていません。そこで、貴方達に新たな任務を与えます」
あのネオという男を捕まえるのだろう、とルーシャは思った。
「シスター・ルーシャ、セイク牧師はそちらの方と共に、この事件を追ってもらいます」
「そちらの方って・・・」
クレイズが指摘した人物を見た。レオの後ろに居る帽子とサングラスを装着した男、ナサニ
エルだ。
ナサニエルはサングラスを外し、前へ出てクレイズの横に並んだ。クレイズは皆に言った。
「実はこの方が、事件の場所や情報を提供した方なのです」
「えっ!?」
全員がナサニエルに注目し、彼は得意げにニヤリと微笑った。
「ナサニエル、君が? でも、どうやって情報を・・・」
レオが尋ねた。
「此処に来る前に、あの儀式に必要な素を創っていた連中に出くわしてな。ちょっと詳しく聞い
てみたら、こう行き着いた訳よ」
ナサニエルはそう答えたが、恐らく『ちょっと』聞いたのではないだろう。きっとルーシャ以上の
尋問、もしくは拷問をしたに違いない。レオにはそう考えられた。
「彼は私が一番信用出来る牧師です。きっと助けとなるでしょう」
クレイズは満面の笑みで言った。
ルーシャは改めてナサニエルを見ると、彼はやんわりと微笑み返して来た。ルーシャは何故
か顔が赤くなって、ナサニエルから目を反らした。
「クレイズ様とは、お知り合いだったのか?」
ますます怪訝な顔をするレオに、ナサニエルは平然と答えた。
「ああ。リベルを出た後は、此処でお世話になっていたんだ」
「しかし、知っているのか? 世間での君の噂を」
「類い稀なる美男子?」
「違う!! 失踪、あるいは死亡扱い。此処に居たのなら、何故そんな噂が流れる」
「そりゃあ、此処にずっと居た訳じゃないし、本名も伏せていたしな」
そうする理由が解らない、とレオが言うと、ナサニエルは一冊の本を取り出した。
先程の儀式で回収した『スティクス奇書』だ。
「これは元々このチャペルに保管されていた物だ。それが黒ミサの手に渡っていた。これは
何を意味すると思う?」
「・・・チャペルに裏切り者が居る?」
ルーシャは思った事を口にすると、セイクはギョッとしたが、ナサニエルは微笑った。
「聡いね、お嬢さん。そうだよ」
「そんな事!」
セイクが反論する。
「あるんだよ。二十年前の神騒ぎで、闇の錬金術に魅せられた馬鹿が大勢居てね。黒ミサは
勿論だが、チャペルも例外じゃない」
セイクは訴えるようにクレイズを見た。
「残念ですが、事実です。セイク牧師」
ルーシャもショックだった。ギュッと唇を締めて、口を閉ざす。
「もう解っていると思うが、僕はその裏切り者を追っている。その際、敵を作りまくってね。お陰
で僕の周りにも被害が出る出る。うんざりだったな」
「じゃあ君は、私やご両親が巻き込まれないように、行方をくらましていたのか?」
レオは何も知らずにナサニエルを罵声した自分を恥じた。
「いや、お前の事は正直どうでもいい。むしろ、お前の家族を想っての事だ」
「こ・・・この不良牧師っ」
「はっ、自意識過剰者が」
この二人、本当に友人なのだろうか。そう思うだけで、シールは決して口にはしなかった。
「さて、もう遅いので、今後の事はまた明日にでも話し合いましょう。話を聞く限り、連中は復活
した『彼』を手懐けられていないようなので、すぐに何かしでかす事は無いかと思います」
「まあ、そうですね」
ナサニエルは頷いて答えた。
「では、我々もこれで。今回の件、警察機構には私から連絡をしておきます」
レオに対し、クレイズは会釈をした。
「はい。お願い致します」
そして、各自解散となった。
部屋に戻ったルーシャは荒れていた。任務が上手く行かなかった時はいつもそうなので、
セイクはなだめるのに苦労していた。
「本ッ当に悔しい! 止められなかった!」
「ルーシャの所為じゃないよ」
自尊心が高い彼女は自分の失敗が許せず、本気で泣いていた。これがまたセイクを困らせ
るのだ。セイクは何よりも、ルーシャの泣き顔が苦手だった。
「もし、もし私も魔術が使えてたら、少しは違っていたかも知れないのにっ」
「ルーシャ・・・」
「こうなったら、黒ミサの連中に目に物を見せてくれるわ!」
「それは聖職者としてどうかと」
こうしてルーシャの野望、もとい闘志は燃えて行き、セイクの不安は募った。
レオはシールを先にセルネニアの警察機構へ戻らせ、チャペルの廊下でナサニエルと話を
していた。
「何はともあれ、今まで無事だったみたいだな」
「僕を誰だと思ってる。無事は当たり前だ」
変わってないな、とレオは笑う。
ナサニエルはレオの胸元の階級章を見て、過ぎ去った時間を改めて感じた。
「それにしても、お前も少佐か。別れた時は、少尉だったか?」
「死に物狂いに昇りつめたさ。黒ミサの事件を中心に動いているんだ。連中を追えば、君に
会えると思ってね。今回は当たりだった」
「ほとんどストーカーだな」
「あのな・・・」
相変わらずのやりとりだった。レオは少し安心した。
「ナサニエル」
「何だよ」
「エルフリーデさんには、会ったのか?」
ナサニエルは窓の外を見た。
「いや〜星が綺麗だなあ〜」
「話を反らすな」
ナサニエルは舌打ちした。
「・・・会ってない」
「明日にでも行ったらどうだ」
「挨拶代わりに拳を喰らうのがオチだ」
彼女ならそうしそうだ、とレオは思った。
「エルフリーデさんは君の事情を知らないから、それは仕様が無いな」
「彼女は知ってるさ。ただ一昨日から此処に居て、一度も顔を会わせていなかったからな」
「ああ、何だ。知って・・・って、私だけ蚊帳の外か!」
「だってお前、すぐにバラしそうだし」
しないっ、とレオは怒鳴った。
「ああ、そうだ」
と、レオは何か思い出したように呟き、懐から銀の十字架のペンダントを取り出した。牧師で
ある証のライセンスだ。
「何だそれ」
「最後に会った時、君が私に渡した物だろ!」
「そうだっけ」
ナサニエルは十字架を取り上げた。確かに自分の名が彫られてある。
「しばらく預かってくれ、失くしたら絞める。そう自分で言っておいて・・・!」
「ああ」
ナサニエルは気の抜けた声を出して、十字架をレオに返した。
「やる」
「え? だが」
「今は自分の身分を明らかにする時じゃないからな」
確かに、とレオは十字架を握り締め、再び懐に戻した。
「さ、明日は早いんだ。お前も捜査に加わるなら、もう帰った方がいい」
ナサニエルはうんと伸びをしながら言った。
「そうだな。本当はもっと話したいんだが」
「僕は嫌だ」
「・・・言うと思った」
レオはナサニエルに手を差し出した。ナサニエルは素直に握り返してくれた。
「じゃあ、明日」
「ああ」
お互いに強く握り、レオは満足そうに微笑った。だが、レオはほんの少し暗い顔をしてナサニ
エルに言った。
「なあ、ナサニエル。あの儀式で甦った男・・・彼は」
「待った」
ナサニエルは人差し指を立てて、レオの顔に突きつけた。
「その話は無しだ。無論、他言はご法度だぞ」
「しかしっ。ん・・・解った」
あまりにもナサニエルが似つかわしくないくらい哀しい顔をするので、レオはそれ以上問い詰
めるのをやめた。それにナサニエルもホッとした。
「悪いな、レオ。入り口まで送る」
ナサニエルはレオを見送ると、大司教が用意してくれた部屋に向かった。
「ふう、久々に派手に暴れた所為で、大分疲れたぜ」
誰一人居ない廊下で呟きながら、ナサニエルは肩を軽く回してほぐした。
あの儀式だけでも犠牲は多かった。今後も犠牲は付き纏うだろう。犠牲がゼロになる事は
無い。自分は神ではないのだから。だが、この身を削ってでも犠牲を最小限に食い止めてみ
せる。
ナサニエルはふと足を止め、窓から見える月明かりの無い漆黒の空に向かって呟いた。
「魂に安息を・・・。このハイリゲンクロスが約束する」
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