Selneniar
事情聴取は警察機構の役目だが、黒ミサの尋問はチャペルの役目だ。それでも、まだ未熟
な聖職者が行うものではない。
ルーシャはセイクに男を椅子に縛り付けてもらい、尋問の準備をしていた。
「こんな倉庫でするのかい?」
ライオネルが尋ねる。セイクは力無く頷いた。
書き留めるものも無い状態で尋問が始まり、ルーシャは男に尋ねた。
「あの小瓶、何処へやったの」
男はルーシャを馬鹿にするように見つめ、喋らない。当然だ。
「ご、強情張ってもいい事なんて無いから、早く言え!」
何故か相手の身を案じるかのように言うセイク。しかし、男は鼻で嘲笑うだけだ。
「仕方ないね」
ルーシャはリュックから瓶を取り出した。
一瞬、男の顔が強張る。
「フン。神聖なる者が、薬物を用いるか」
ルーシャはピンク色の液体が入った瓶を振りながら、呆れた口調で返した。
「人間がどうやったって神聖になる訳無いじゃない。ライオネルさん、下がって」
セイクは既に入口に居た。ライオネルは訳が解らないまま下がり、ルーシャも下がる。
そしてルーシャは瓶の栓を空け、男に投げ付けると素早く外に出て戸を閉めた。
「何をしたんだ。あまり物騒な事は」
「害虫寄せ」
ルーシャがライオネルの言葉をさえぎってそう言ったと同時に、倉庫の中から悲鳴が上がっ
た。
「が、害虫寄せ?」
困惑するライオネルに、セイクが答えた。
「ええ・・・。さっきルーシャが投げた薬は、一種のフェロモンみたいなもので、その・・・」
「いわゆる強力なゴキブリ寄せです」
「ゴ・・・」
サラッと言われた台詞に、ライオネルは鳥肌が立った。倉庫の中で起きている事を想像する
と、酷くゾッとした。
尋問と言うか拷問だ、とライオネルは思った。セイクが男の身を案じたのも解る。
「た、助けてくれ!!」
「少しは話す気になった?」
「は、はな、話す! 頼、ギャアーッ!」
「・・・顔中にって感じかな。口の中にでも入ったかしら」
「い、言うなって!」
セイクは耳を塞いで叫んだ。
ルーシャは倉庫の戸を少し開けると、そこから緑の液体が入った瓶を投げ入れた。
「色々な薬を持っているね・・・」
彼女を敵には回したくない、とライオネルは強く思った。
「薬の調合は得意ですから。もういいかな」
倉庫の戸を完全に開けると、男が顔を蒼白にして、ぐったりとしていた。
害虫の姿は無い。凄い利き目だ。
「根性無い奴。この前の人は一時間もったのに」
「あれは失神していたんだよ、ルーシャ・・・」
「そうとも言うわね。で、小瓶は何処にやったの?」
半ば苛立った口調でルーシャが再び問う。
男は情けない声で答えた。
「セ・・・セルネ、ニアだ・・・」
ルーシャとセイクは眉をひそめた。もっとも、ルーシャは酷く嫌そうな顔をしている。
「セルネニアって、チャペルの本部がある都市じゃないか」
と、セイク。ルーシャは顔を歪めたままだ。
「何をしようって言うんだ」
「・・・・・・」
今度はセイクが尋ねるが、男は冷汗を噴き出して黙ってしまった。
ルーシャが害虫寄せの薬をちらつかせると、慌てて口を開いた。
「や、止めてくれ。これだけは言えない! 言ったら殺される!」
するとライオネルが男に近付き、彼の袖を捲くった。男の二の腕には、逆三角の痣があっ
た。過去にも見た痣だ。
「呪いをかけられていたか」
「呪い?」
「ある言葉に反応して、その力を発動するものだよ。例えば秘密を漏らした際、最悪命を奪わ
れる。そうだろ?」
男は怯えた顔で、何度も頷いた。
「尋問は終わりだ。彼の身柄は地元の警察機構に任せよう。此処までの協力、有り難う」
「あ、いえ。こちらこそ」
セイクは差し出されたライオネルの手を、慌てて握った。
男は連行され、この街の事件は解決した。だが、それはまだこれから起こる事の始まりに
過ぎない。ライオネルには、既に次の目的地が決まっていた。
「セルネニアへ向かうのですか?」
ライオネルの急な提案に、シールは戸惑いが隠せなかった。
この田舎町で起きた事件の報告は部下達に任せ、ライオネルとシールは此処にとどまった。
今二人は街の料理店で食事をしている。
口元を拭きながらライオネルは頷いた。
「今回の件、黒ミサの規模が大きいと考えられる。ナーブサに戻るのは当分無理そうだから、
君は戻ってもかまわない」
「少佐、自分は貴方の補佐です。少佐を置いて戻る事など出来ません」
そんな事は当たり前だ、と言うような口調だった。
「有り難う、シール。では今夜は此処に泊まり、明日汽車でセルネニアに向かう」
「了解しました」
黒ミサの事件ばかり固執する自分に、シールはよくついて来てくれる。ライオネルはシールに
感謝した。実際、固執あまりに中佐からは目をつけられている身分だ。
これもひとえに失踪した友人のためだ。
黒ミサを追えば、いつか友人に会えるという淡い期待を抱いて、ライオネルは夜を迎えた。
そしてその頃。
「関わった以上、放っておけないと思うよ。俺は」
セイクの言葉に、ルーシャは食事の手を止めた。
「そうだけど、よりによってセルネニアなんて・・・」
「君の目的もかかってるんだろ」
「ん・・・」
ルーシャの目的、それはシスターも魔術を使えるようにする事だ。
本来魔術を使えるのは牧師だけで、シスターは魔術を習う事も、黒ミサの事件に出向く事も
許されていなく、せいぜい薬の調合をするくらいであった。薬といっても、本来ならばシスターは 医薬系の薬しか調合しないのだが。
牧師である父に追い付きたくてチャペルに来たルーシャにとって、それはかなり悔しい事だっ
た。
シスターは魔術を使ってはならない。その規則を改善するべく、ルーシャは自分のチャペルで
奮闘を起こした。
規則を破って黒ミサの事件に首を突っ込んだ事は数知れず。決まってセイクがそれに巻き
込まれたが、ほとんど事件は無事に解決。
事実ルーシャのお陰で事件は解決しているので、またこれ以上大変な事をされたらたまらな
いので、司祭はルーシャに修行の旅を許可した。
この旅でチャペルの人間として相応しい事を成し遂げれば、規則の改善を提案すると司祭は
約束した。
半ば追放に近いが、ルーシャは大喜びだった。何よりも旅をする事に魅力を感じていた。
今回の事件は、確かにそのチャンスなのだが・・・。
「(セルネニアじゃなきゃなあ・・・)」
ルーシャは大きく溜息をついた。
セルネニアには、会いたいようで出来るだけ会いたくない人が居る。
会えば何かと小言を言われるに決まっている。
「ルーシャ、どうするんだ」
「い・・・行くよ。行くわよ、修行だもの」
「よし。じゃあ明日、一番の汽車に乗って行くよ」
「はーい」
セルネニアまでは汽車で一本だが、それなりに遠い。朝一に出ても、着くのは明日の午後に
なるだろう。
夕食の後、薬の調合を済ませてからルーシャは眠りについた。
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翌朝、セイク達は宿で朝食を済ませてから駅へ向かった。
まだ早い時間だったが、駅にはセイク達以外にも利用者は居た。ほとんどが出稼ぎの者だろ
う。
ほぼ時間通りに汽車が来て、ルーシャは座席に着くなり寝てしまった。朝に弱いのだ。セイク
はセルネニアに着くまで、教本を読んで黒ミサの儀式について調べる事にした。
「ルーシャ、ルーシャ」
「・・・生きてるよ」
「いや、そうじゃなくて、もうお昼だよ」
放っておいたら、セルネニアに着くまで寝てそうだ。
ルーシャは大きく欠伸をして、ようやく目を覚ました。
二人は車内の物売りからサンドイッチと水を買って、昼食を済ませた。
「後4時間は汽車の中か。あー暇い」
外を眺めながらルーシャは愚痴をこぼした。我慢だよ、とセイクがなだめる。
「車内じゃ調合も出来ないし」
「やめて下さい」
「持って来た本も、結構読み返したしなあ」
「教本読む?」
「嫌」
趣味じゃない、とルーシャは言った。教本は趣味云々の問題ではないと思われるのだ
が・・・。
「寝るね」
そう言って、ルーシャはまた眠った。
降りる駅は当分先なので、セイクも眠る事にした。
陽が西の空に傾いた頃、ライオネルとシールはセルネニアに到着した。
「やっと着きましたね」
「ああ。さあ、遅くならないうちに、此処の警察機構へ向かおう」
汽笛が鳴り、汽車が動き出した時だった。怒涛のように二人の男女が汽車から降りて来た。
「ま・・・間に合った」
「もう! 何でぐっすり夢の世界に入ってたのよ! 乗り過ごすとこだったじゃない」
「君だって寝てただろ!」
見た顔の二人、ルーシャとセイクだ。
「あの子達じゃないか。驚いたな」
まだ言い合っている二人に、ライオネル達は近づいた。
「やあ、君達」
ライオネルが声をかけると、セイクとルーシャは言い合いは止めたが、鋭い目付きのまま
振り向いた。
が、すぐに二人は目を丸くした。
「あ・・・」
「ライオネルさん・・・と、補佐官さん」
「シールです」
少し苦い顔をして、シールはルーシャに言った。
「奇遇だね。君達も黒ミサを追って来たのかい?」
「ええ、まあ。一緒の汽車だったんですね。気付きませんでした」
「私達は個室だったからね」
うわセレブ、とルーシャは呟いた。一等席と三等席の乗客が、車内で会うはずが無い。
「君達はチャペルに行くのだろう」
「はい」
「私達も警察機構に行った後向かうつもりだ。その時はよろしく」
では、とライオネルとシールは去って行った。
「さてと、俺達も行こうか」
「そうだね」
ルーシャはこっそり溜息を吐いた。ついにセルネニアに来てしまった。此処のチャペルへ
向かうならば、ちゃんと挨拶しなくてはならない。セルネニア・チャペルの修道女責任長官、
大教母様に・・・。
「お腹痛い」
「仮病使っても駄目だよ。ほら」
セイクはもたもたするルーシャの腕を引っ張って、駅の外へ向かった。
「都会広すぎ!」
駅を出て約数十分後に、セイク達はチャペルに到着した。
自分が所属していたチャペルの街も都会だが、此処まで大都会ではなかった。移動にこれだ
け時間を食うとは・・・。
「ルーシャが馬車代ケチったからだろ」
「う・・・」
「俺、受付に行って来るから」
セイクが行ってから、ルーシャは改めてチャペルの内装を見た。
チャペルと言うより高級ホテルだ。天井は物凄く高く、シャンデリアも大きい。至る所に、見事
な細工のステンドグラスが飾られている。
「(どっから来るんだ、内装資金・・・)」
「ルーシャ」
「早っ。もう済んだの?」
「大教母様に連絡してもらったら、すぐに来いって」
すると、ルーシャは笑顔で答えた。
「そう、いってらっしゃい」
「君も来るんだ」
「い、いやだあぁー!」
セイクに引きずられるように、ルーシャはあまり会いたくない人の部屋に来てしまった。セイク
はまだしっかりとルーシャの腕を掴んで、逃げようが無い。
「失礼します。セイク・エイリオンです」
「ルーシャ・H・リックスです・・・」
中から、どうぞと凛とした声が上がる。
失礼しますと再度言って、セイク達は大教母の部屋に入った。
「久しぶりね、セイク。それから・・・ルーシャ」
「ご無沙汰しております」
「こ、こんにちは」
大教母エルフリーデは軽く溜息をついた。
「座りなさい。貴方達には話す事が沢山あります。特にルーシャ」
「は、はい」
エルフリーデは紅茶を煎れて二人に出し、向かい側のソファに座った。
「ルーシャ、私は先月貴女から手紙を貰いました。しばらく旅行に行くとか」
「えっ、はい・・・」
「クノ司祭に問い合わせたところ、貴女はシスターが魔術を使えるようにするため、リベルの
チャペルを出たと」
「あ〜、旅行と言う名の修行って感じで・・・」
エルフリーデは苦笑いをするルーシャに手を伸ばし、彼女の頬を抓った。
「ル〜シャ〜?」
「い、いひゃい。母さん、いひゃいー!」
「貴女って子は! 誰に似たのか、どうしてそう問題ばかり起こすの!?」
「お、おば様、落ち着いて下さい」
「あげくセイクまで巻き込んで!」
「いえ、俺は・・・」
「いひゃいー!」
エルフリーデはようやくルーシャから手を離した。
「それで、何故このような事になったの」
「う〜、痛い。だって私は、父さんのように牧師になりたくてチャペルに来たんだもの。なのに、
シスターは事件にすら出向けないなんて、かなり不公平よ!」
一度も会った事の無い父親を、よくそこまで慕えられる。と、エルフリーデは少し複雑に思っ
た。
「貴女の気持ちは解らないでもないわ、ルーシャ。でもね、一言私に相談」
「嫌」
エルフリーデの顔がピキリと引き攣る。ルーシャは構わず続けた。
「母さんは力になってくれたかもしれないけど、大教母様の命令だからって感じになるのが
嫌だ。私は私の力でやりたい。大教母様の娘っていう肩書無しで」
本当にそういうところが父親に似ている、そうエルフリーデは思った。
エルフリーデはフウと息を吐いた。
「解ったわ。全力で頑張りなさい」
「止めないの?」
「止めて欲しい?」
「困る」
ルーシャは本気で身構えた。
エルフリーデはクスクスと微笑いながら言った。
「ルーシャ、貴女には自分らしく育って欲しいの。それに、私もシスターが魔術を使えたら、と
思っていたわ」
「行動に出なかったの?」
「そう思った頃には、私は教母候補だったわ。位があっても、逆に身動きが取れなくなってしま
うのよ。可能性ある貴女が羨ましいわ」
「母さん・・・」
やや間があって。
「言い方がちょっと年寄りくさいよ」
ゴッ。
「さて、そろそろ用件を聞きましょうか。挨拶に来ただけではないでしょう?」
ルーシャは頭をさすりながら、はいと小声で言った。
セイクは先日居た街で起きた事をエルフリーデに話した。
話の間、エルフリーデはずっと険しい顔をしていて、終わってもそのままだった。
「二人とも、よく解決したわ。でもそれは事件の一部にしか過ぎないのは、解っているわね?」
セイクとルーシャは頷いた。
「この事件を此処の牧師が引き継いで、私達の仕事は終わりって事になる?」
「どうかしら。仮にそうなったとしても、貴女が大人しくするはずがないでしょ」
「当然」
セイクとエルフリーデは同時に溜息をついた。
「とりあえず、大司教様に報告、そして挨拶に行きましょうね。二人とも、くれぐれも失礼の無い
ように」
エルフリーデはセイク達を連れて、大司教の部屋へ向かった。
エントランスに来ると、ルーシャはライオネルの姿を見つけた。聖職服が多いこの場では、
警察機構の制服はすぐに目立つ。
「あ、ライオネルさんと補佐官さん」
「ルーシャ、いい加減シールさんの名前を覚えなよ」
ルーシャは、はいはいと適当に返し、ライオネルの名を呼んだ。
「ライオネルさーん」
「ん? ああ、君達か」
ライオネルはルーシャの傍に居るエルフリーデの十字架を見ると、彼女の位の高さに気付
き、かしこまって会釈した。
ライオネルはエルフリーデに手を差し出した。
「初めまして。教母様でいらっしゃいますね。私は」
「・・・ライオネルくん?」
「は?」
「そうよね、やっぱり! ライオネル・ジャスティレイドくん! わあ、随分変わって」
「あ、あの・・・」
戸惑うライオネルに気付いたエルフリーデは、気さくに笑いながら言った。
「私よ、エルフリーデ。忘れた?」
「エル・・・あ! エルフリーデさん!?」
二人は驚きと喜びの声を上げて、久しぶりの再会に感動していた。
「おば様達、知り合いなのかな・・・」
「っぽいね」
頃合いを見て、ルーシャは声をかけた。
「母さん達、お知り合いなの?」
「母さん?」
「ライオネルくん、紹介するわね。私の娘、ルーシャよ」
そう言って、エルフリーデはルーシャの頭を掴んでお辞儀させた。
「いやあ、驚いた。ご息女でしたか。ルーシャくんには先日、大変お世話になりました」
「嫌だわ。この子ったら、迷惑かけて」
「いえ、そんな」
話が進まない、といまだ母に頭を掴まれた状態でルーシャは呟いた。
「母さん」
「ライオネルくんはね、私がリベルに居た頃、よくお会いした方なのよ」
「へー・・・」
随分と仲が良いな、とルーシャは思った。
セイクは、ライオネルを凝視するルーシャの肩をつついた。
「妬くなよ。マザコンだなあ」
「妬いてないわよ。母想いって言ってよね」
ずっと母子家庭だったのだ。こうなるのも仕方ない、とルーシャは開き直った。
「ライオネルくんは何をしに此処に?」
「ある事件の事で、大司教様にお話を」
「だったらご案内するわ。ルーシャ、セイク、行きましょう」
はいと返事をして、ルーシャ達はエルフリーデの後に続いた。
ライオネルはエルフリーデに小声で話し掛けた。
「エルフリーデさん、後でお聞きしたい事が・・・」
「解っているわ。あの坊やの事でしょう?」
ライオネルは無言で頷いた。
エルフリーデの言う『坊や』とは、ライオネルが捜している友人の事だ。教え子だからと言っ
て、いまだに彼を坊や呼ばわりするエルフリーデが凄い。ライオネルと同い年だから、無事で いれば友人は40歳だ。
「残念だけど、音沙汰はまったく無しよ」
「そうですか・・・」
頼みの綱が断ち切られた感じだった。恩師にまでも連絡が無いとすると、いよいよ最悪の
事態が考えられる。ライオネルは失踪前の友人を思い浮かべ、溜め息を漏らした。
一方、後方では。
「補佐官さん、ライオネルさんって独身?」
「え、いいえ。少佐には奥様もお子さんも居ますが」
よしっ、とルーシャは拳を握った。その様子を見たセイクは、やっぱりマザコンだなと思った。
母に近づこうならば、ルーシャは誰にでも容赦はしないだろう。
大司教の元へ来たルーシャは、初めて会うチャペルのトップにただ緊張した。今回の事が
無ければ絶対に会えない人物だ。セイクも同様に緊張していた。
「君がエルフリーデのお嬢さんですか。初めまして。警察機構の方も、遠くからよくお出でなさい
ました」
ルーシャは引き攣った笑みしか出来なかった。このご老人が大司教様、そうひたすら頭の中
で繰り返していた。
クレイズ大司教は先に地元の警察機構から連絡を受けていた。ライオネルとの挨拶が済む
と、エルフリーデがルーシャ達の話をクレイズにした。黒ミサの話を聞いたクレイズは、眼鏡を かけ直して言った。
「似たような事件が、別の街でも起きました。セイク牧師達が解決したのを含めれば三件に
なります」
「三件も・・・」
クレイズは頷いた。
「しかし異なる点があります。一つの儀式の贄は骨、もう一つは皮膚と筋肉、そして貴方達が
見たのは、臓器でしたね」
ルーシャは、はいと答えた。今思い出しても鳥肌が立つ。
「この三つの事件は、関連していると言っていいでしょう」
「クレイズ様、連中の狙いは何でしょうか」
エルフリーデが尋ねた。
クレイズは考えられる事態を挙げてみた。
「悪魔召喚、大いなる黒魔術の会得、死者蘇生・・・」
どれも生命への冒涜行為だ。皆が顔を強張らせる中、シールが一番動揺していた。
「そんな事が・・・!?」
「可能なんだ、シール。私は過去にゾンビに遭遇したし、神を創ろうとした男にも会った」
「神・・・?」
全員がライオネルに注目した。
「存じています。二十年くらい前の事件ですね。そうですか、貴方もその場に・・・」
クレイズの言葉にライオネルは、ええと頷いた。
その時ルーシャはまだ産まれていなかったので、どのような事件かは解らなかった。ただ首
を傾げて話を聞いていた。
クレイズは話を戻した。
「今回の件ですが、その手に詳しい方に連絡をして黒ミサの意図を聞いておきます。何か解り
次第、貴方がたにお知らせ致します。シスター・ルーシャ、セイク牧師」
二人は声を揃えて返事をした。
「勿論、貴方達にもです」
思いがけないクレイズの命令に、ルーシャはパッと顔を明るくした。
「はい!」
絶対に捜査から外されると思っていたが、願ってもない好機がルーシャに訪れた。
セイクも、期待に応えられるよう全力を尽くします、と返した。
そしての連絡があるまで、それぞれ職場で待つ事になった。
皆が退室した後、クレイズの執務室にはエルフリーデとクレイズだけが残っていた。
エルフリーデは不満そうな顔でクレイズに言った。
「クレイズ様、何故あの子達まで」
「貴女の心配する気持ちは解ります。しかし、もしこの事件が『エボス』関連であったらどうしま
すか」
エルフリーデの顔が強張った。クレイズは手元の報告書をパラパラと捲った。
「ただの黒ミサにしては手が込んであります。セイク牧師達が解決した事件と、似たような内容
の事件が二つ。この三つの事件がつながっているのではあれば、それぞれ別所で行うでしょう か?」
「え・・・?」
「少数の黒ミサ集団ならば、一箇所の場所で儀式を実行するでしょう。今回のようにわざわざ
散って儀式を実行したのは捜査のかく乱、裏にある大規模な目的の隠蔽、などが考えられま す。そう、『組織』的な行動です」
エルフリーデは胸元で手を握り締めた。
もしもクレイズが言うように、大きな組織が事件に関わっていたとすれば、何処かで気付かな
い間にルーシャ達の顔が知られた可能性もある。
「ですから、今回の件には彼らを参加させました。下手に隠れているよりは安全かと思われま
す」
「でも・・・いえ、娘がジッとしているのも考えられませんし、それで良かったのかも知れません」
ルーシャの行動力の事を思い返すと、エルフリーデは頭が痛くなった。あの子には少しでも
いいから、淑やかになって欲しい。
「ただの黒ミサ事件である事を願います」
「私もです、エルフリーデ」
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