魔王、受難 4
夏休みに入ったある日の事だった。
「デスネル様、ついに出来ました!」
「器か!?」
「いえ、体力を十二分につける事が出来るくすゴフッ!!」
暑さのために苛立ち、いつもより強めに投げられたイチゴ柄の枕。
デスネルは倒れたカラス、もといラキュルスをぶみっと容赦無く踏み付けた。
「貴様ぁ・・・! わしをからかうのも大概にせい!」
「か、からかうなど滅相も・・・! デスネル様のためを思って、この薬っ・・・お、重」
「わしが重いと申すか無礼者!!」
重い、という単語に妙に敏感になっているデスネル。これが女性への第一歩(?)になって
しまっている事に、果たして彼は気付いているのだろうか。
「で、何だその妖しげな薬は」
通販でも売ってそうな似非臭い色の液体が入った薬瓶を見て、デスネルは眉をひそめた。
気を取り直してラキュルスは嬉々としながら説明を始めた。
「はいっ。ほら、デスネル様が以前に言っていたじゃありませんか。体力をつけたいって。それ
で魔界に連絡して、作ってもらったのですよ。ささ、どうぞ。これで大人並みの体力はつくかと」
確かにそんな事も言っていた。
思い返せば、あれからプールの授業は地獄のようだった。どう頑張っても息継ぎが出来ず、
コツも掴めず、授業が終わる度に悔しい思いをしていた。
そして加えてこの暑さ! こんな暑い中に学校へ行く神経が信じられなかった。一日に飲む
水の量も半端ではなかった。
だからこの夏休みがあると知った時には、デスネルはそれはもう物凄く喜んだ。最早しっかり
と『小学生』になってしまっていた。
「ラキュルス」
「はい」
デスネルは受け取った瓶を胡散臭そうに眺めていた。
そしてラキュルスに瓶を差し出す。
「飲め。毒味、というか貴様がまず試せ」
「いや、私は体力がありますので」
「飲め」
「はあ、じゃあ飲みますが・・・。よろしいのですか? 俗に言う間接キ」
その時、デスネルの見事な踵落としがラキュルスの脳天に決まった。最近はプロレス番組に
こっているみたいだ。勿論、親には内緒で見ている。
「下らぬ事を言ってないで、とっとと飲め」
「うう・・・ほ、星が・・・。相変わらず慈悲の無い事ばかりさせますなあ」
ラキュルスは人間の姿に戻ると、薬を一口飲み込んだ。
薬の味にしかめっ面をしていたラキュルスだが、すぐにいつもの顔に戻った。
「どうだ。何か変わったか」
「いえ特に・・・ガフッ!?」
「・・・思いっきり毒を盛られとるではないかこの大馬鹿者がーーーッッ!!」
血反吐を吐いて倒れたラキュルスの胸倉を掴み、デスネルはガクガクと揺さぶった。
やはり思ったとおりだった、とデスネルは呟いた。魔界の連中はこれだから信用出来ない。
「ちっ。体力作りは潔く諦めるか」
「デ・・・デスネル、様・・・。わりと、ゴホッ・・・助けて、いただきた・・・!」
「たわけ。安易に魔界の連中に妖しい物を頼むからだ。その程度しか飲んどらんのだ。死には
せん」
デスネルは冷たくあしらうと、涼を得るためアイスを食べに下へ下りて行った。
台所では母親が夕食の支度をしていた。デスネルは母と言葉を交わす事にも慣れて来て
いた。いつものように母の言葉に軽く返事をすると、冷凍庫を開けてアイスを取り出した。
「あ、愛依。アイスを食べるんなら、ラキュルスお兄ちゃんにも持って行ってあげなさい」
「え?(はあ?) 何で?(何故にわしがそんな事をせねばならぬ)」
「何でじゃないでしょ。お兄ちゃんなんだし。日頃から貴女の我儘を聞いてくれているのだから、
少しは優しくしてあげなさい」
母親は少しデスネルをたしなめた。下手に逆らうと母親と言う生き物はうるさい事この上ない
のをデスネルは知っている(昼ドラより)。
デスネルは、むうと顔を膨らませてもう一つアイスを取り出した。そして大股で自分の部屋に
戻って行った。
「まったく、どうしてわしが部下に物をくれてやらねばならぬ」
ましてや相手は取りに来ず、自ら渡しに行く始末。魔界では到底有り得ない事態だ。
「日頃からあなたの我儘を聞いてくれているのだから」
「優しくしてあげなさい」
母親の言葉が繰り返される。デスネルは自分の部屋の前で足を止めた。
「・・・優しく、か」
具体的にどうすればいいのか知らない。魔界ではされた事すらない。自分の圧倒的な力を
相手に示し、それをもって服従させる。それが魔界ではすべてだ。親子の情愛も、友と言うもの
も、魔界には存在しない。
「思えばラキュルスの馬鹿だけだな。鬱陶しいくらいにわしについて来たのは」
ラキュルスには、デスネルの力に対しての服従は無い。
言うなれば忠誠。魔界では珍しい言葉だ。
「・・・・・・フン」
部屋に入ると、ラキュルスの姿は無かった。
出て行ったのだろうか。
とうとう自分に愛想を尽かして?
「って、何故にわしが落ち込まなければならぬ! う、器の事を案じているだけだ」
誰に対して言い訳をしているのやら。自分でもむなしくなった。
アイスが無駄になった。二個食べると腹を痛めるので、デスネルは戻しに行こうとした。
「阿呆ラキュルスが・・・」
「はっ! もも申し訳ありませんっ。また私が何か致しましたか!?」
唐突に上がったラキュルスの声。振り返れば、今し方窓から入って来たところだった。
デスネルはカッと顔を赤くした。
「な、何でもないわ! このカラス!」
「いや、そりゃあ私はカラスですが・・・」
「フンッ。そ、それより、何処へ行っておった」
「え? ああ、魔界へ行って参りました。薬に毒を盛った不届きな輩を始末して来たところです」
「早いなオイ!!」
勿論ですとも、とラキュルスは誇らしげに言った。
デスネルはアイスをラキュルスに投げ渡した。
「手間賃だ。取っておけ」
それだけ言うと、デスネルは部屋を出て行った。
残されたラキュルスは唖然としていた。
「デスネル様が褒美を・・・。明日は雨か!?」
素でそう呟いたラキュルスは、またもデスネルによって理不尽に窓の外へ放り出された。
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