でーと編

 前回のあらすじ。
 ついに勇者は暗黒王を倒し、世界には再び平和が訪れた。
 しかし時代は移り変わり、勇者達の旅が物語として語り継がれた頃、人々の知らぬところで
闇の力が爪を研ぎ始めていたのだった・・・。


「って、何だよその大嘘八百のオープニングわ!!」
「どうかしましたか? 陛下」
「い、いえいえ! 何でもないんですよ、ほんと。健康ですから、はい!」
 詳しくは、『王様と大臣 おたんじょうび編』をご覧下さい。
「端折りやがった」
「ハショ? 何をですか?」
「あ・・・その、すんません。独り言多くて。孤独な人間なもので・・・」
 いちいちナレーションに突っ込んでいる場合ではありません。
 アルズはティルを目の前に、かなり上がっているようです。それも当然でしょう。生まれてから
今日まで、女性をろくに相手にした事がない情けない王様なのですから。
「うう・・・拙い、会話が思いつかない・・・。ジュナールなら何を話すかな・・・」
「わたくしなら趣味についてお聞きしますが」
「ナイス!! ・・・って、今どっから声が上がった!!?
 辺りを見回してもジュナールの姿はありません。幻聴にしては随分と生々しく聞こえました。
 挙動不審なアルズを見て、ティルは少々不安になりました。
「陛下、気分でも悪いのですか?」
「全然健康です! 今朝も血圧が良好でしたから! で・・・その・・・」
「はい?」
「しゅ、しゅしゅ趣味は何ですか?」
 たったそれだけを尋ねるのに、何を上がる必要があるのでしょうか。何処に居るのか解らな
いジュナールも、こっそり舌打ちです。
「趣味は・・・武道ですわ」
「・・・・・・・・・は? 葡萄?」
「まあ陛下ったら、寒い冗談を」
 ティルは無邪気な顔で邪気のあるような発言をしました。
 一瞬アルズは冷や汗をかきましたが、空耳だという事にしておきました。
「武道ですわ、陛下。休日はよく父と滝に打たれに山へ行ってますの」
「どんな家庭だアンタん家わーーー!!?」
「陛下も今度ご一緒に如何です? とっても気持ちいいですよ」
「いやいやいやいや!! むっさ遠慮します! まだやるべき事があるので!」
「そうですか・・・」
 物凄い勢いで断ったアルズに、ティルは少し寂しげに言いました。
 自分の命がかかっているとは言え、少し馬鹿正直に言い過ぎてしまったとアルズは後悔しま
した。
「あ、ごめんなさい。その、ぶ・・・武道って、どんな感じのなんですか?」
 アルズは恐々と尋ねてみました。
 するとティルは、パッと輝いた顔で熱烈な口調でアルズに言いました。
「武道とは解りやすく言えば、格闘技ですの。己の肉体を使うのも良し、武器を使うのも良し、
念力を使うのも良し」
「念力!?」
「私はどちらかと言えば肉体派でして」
「ね、ねえ、念力って・・・?」
「特技は回し蹴りですの。きゃっ、言ってしまいましたわ!」
「いや、そんな恥らって言われても・・・」
 どうやらこのティル嬢、顔に似合わず戦闘力が高い人物のようです。
 何故、自分の周りにはこうも格闘派が多いんだ。そう思わずには居られないアルズでした。
「陛下はおやりになりますの? 格闘技」
「い、いえっ、その、むしろやると言うよりは・・・毎日某メガネ大臣にやられる一方で・・・」
「まあ、素敵です!! 流石は一国の国王陛下ですね! 民を護るため、日々精進なさって
いるなんて、感服致します!」
 会話が噛み合っていないようです。著しく。
 ティルは満面の笑みを浮かべて言いました。
「何だか、陛下とはとても気が合いそうな気がします・・・」
「そんな急に良さ気なムードを吹っかけられても!」
 普通ならば此処で一気にお互いの気持ちが上昇して行き、二人の心の距離が縮まるのが
世の理(かどうかは知りません)。しかし、会話の内容がアレなので、どうもアルズの心はティル
から後退気味でした。
 いえいえ、アルズもティルの事は嫌いではありません。
 むしろもっと仲良くなりたいとは(心の何処かで)思っています。
 いわゆる、アルズはシャイなのです。
「違うし!!!」
「え?」
「ああ、いやっ! はい、僕もめっちゃそう思いますよティルさん!」
「本当ですか!? 嬉しいっ!」
「(嗚呼、自滅・・・)」
 アルズの本能が囁きました。終わったな、と。
「陛下、どうぞ私の事はティルとお呼び下さい」
「あ、はい・・・」
 しかし、武道の事を考えなければ、ティルはごく普通のお嬢様。アルズが馬鹿である事を考え
なければ、一国の王様というのと同じです。
 アルズは少し前向きに考え始めました。
「そろそろ私はおいとまします。陛下、また此処へ来ても?」
「ええ、歓迎しますよ」
 これはわりと本音です。
「有り難うございます! では、失礼します」
 ティルはドレスのスカートを両手でつまむと、恭しく会釈をしてテラスから去って行きました。
 その様子をボーッと見ていたアルズの耳に。
「気色悪いですよ、陛下。ストーキング中のオッサンですか?」
「うおおお!? 吃驚したって何処に居たっていうかデバガメかよっつーかオッサンて
何じゃこの無礼者があああッッ!!!
「一気に喋らないで下さい。鼓膜が腐り落ちます」
「破れるって言わない!?」
 何処からともなく大臣のジュナールが出現です。
「陛下にしては上手くティル様の心を射止めましたね」
「射止めたって言うの? アレ」                      おとこ
「それにしても、やはりじれったい。普通ならば此処で自宅に帰さないのが漢ですよ、陛下」
「そこまで一気に発展なぞ出来るかーーーッッ!!」
「とりあえず、今後はわたくしがみっちり指導致しますので、そのおつもりで」
 キラリ、とジュナールのメガネが妖しく光りました。まるで獲物を見つけた豹のようです。
「え、な、何・・・。何を指導すんのよ、ねえ」
「・・・・・・」
「だから黙るなよ! 無茶苦茶怖いから!!」
 こうして執務とは別に、アルズはジュナールから課題を課せられる羽目となったのでした。

 西の国はいたって平和です。
 今日も王様と大臣は国のために、一生懸命お仕事をするのでした。 
                                            おわり
「早速今日からすんの!? 誕生日なのに!」
「善は急げですよ、陛下」