魔王、受難 2
三島愛依こと(元)魔王デスネルが小学校に行くようになり、早一ヶ月。幼稚園の時のように
妙な音楽に合わせて踊ったり、やたら絵を描く事が無くなったのに対し、少なくともデスネルは ホッとしていた。
が。
「何なのだこの体操着という物はああーーーッ!?」
デスネルの心の叫びである。
どうにもこの体操着、特に女子がはくブルマーがデスネルには受け付けられなかった。何故
男子はああも動きやすそうな短パンなのに、女子はこうも服として好ましくない(デスネル視点) ブルマーなのか。そこが解せなかった。派手に動けば下着が見えそうで嫌だ、というより嫌過 ぎる。
「こんな姿を魔界の連中に見られたりでもしたら・・・」
「あーら、デスネル。随分と可愛くなったわねえ」
「などど言うに・・・うおお!?」
いつの間にかデスネルの傍に、全身が真っ赤な服装の女性が立っていた。肌は美しい白
で、服の色の所為で余計に映えていた。
人間の姿をしているが、彼女はまぎれもなく魔界の者だ。
デスネルは自分の容姿の事も忘れ、キッと彼女を睨みつけた。
「貴様は・・・メディ。何をしに来た、このあばずれが」
「そんなに凄んで見ても無駄無駄。全然迫力が無いわよ、デスネル。フフ、あんたの気配が
微量だった所為で捜すのに手間取ったけど、まさかこーんな可愛いオンナノコになってるなん
てねえ」
まだデスネルが魔界に居た時、メディとは何度か床を共にしたが、それ以上の関係は無い。
第一、メディはデスネルの座を狙っている。
デスネルは顔を引きつらせて言い返した。
「ハッ、年寄りのひがみにしか聞こえんな」
「口の利き方には気を付けた方がいいんじゃなあい? 今ならあんたを、あっと言う間にイかせ
られるのよ」
「フン、どうだかな」
デスネルはすうっと息を吸い込むと、大声を上げた。
「せんせーーー!! このおばちゃんがどっかへ連れて行こうとするーーー!!」
「お、おばぁッ!?」
メディは歯を剥き出してデスネルの胸倉を掴んだ。そこをしっかりと体育の教師に見られた。
教師は物凄い勢いでデスネルの元にすっ飛んで来た。
「何ですか貴女は! 保護者ですか? 無断で校内に入ったならば、警察を呼びますよ!」
最近は世の中も物騒なようで、教師達はこういう不審者に対してピリピリしていた。メディは
ますます顔を歪めた。デスネルはニヤリと嘲笑うと、バシッとメディの手を払い除けた。
グッとメディの顔が引きつる。
「フ、フン。面倒事は嫌いだよッ」
捨て台詞を吐くと、メディは何処かへ行ってしまった。
だが、これで終わった訳ではない。
「ほう、あのメディですか」
休み時間。校庭の隅にある倉庫の陰で、デスネルは下僕のラキュルスと話していた。
「わしがこうなっている今、メディは何かしら仕掛けて来るだろう。貴様に頼るのはいささか気に
食わんが、全力でわしを保護しろ。いいな?」
「無茶苦茶トゲがある言い方ですが、言われずともお護り致しますよ」
しかし、メディは何も仕掛けて来なかった。
授業中も、他の休み時間も、給食時も、掃除の時も。
「張り詰めておいて損したわ」
そして放課後。下校の通学路で、デスネルはフウと重い溜め息を吐いた。ラキュルスはカラ
スの姿で傍を飛行している。
「私が居るから諦めたのでしょうかねえ」
鼻高な口調でラキュルスが言うと、デスネルは顔を歪めて言い放った。
「うぬぼれるな。貴様一人居るだけで怖気づくような者は、魔界を隅から隅まで捜しても居や
せん」
「そ、そんなあ!! 酷いですよデスネル様!!」
「うるさい! 羽根をバッサバッサと鬱陶しい! 目障り!!」
「更に酷ッ!!」
「フフフ・・・。馬鹿っぷりは相変わらずね、あんた達」
ふと声が上がった。ピタとデスネルは足を止め、周囲を警戒した。ラキュルスも人の姿へと
戻る。
パッと目の前にメディが現れた。彼女も本来の姿に戻っている。デスネルは眉をひそめ、今
頭に浮かんだ事を口にした。
「化粧が濃くなったな貴様」
「うるさいわね! あんたは憎たらしいぐらいに若返った上に可愛らしくなって・・・」
「別の私情が混じっているぞ。わしを殺して魔王になるのではないのか」
女の理解出来ない妬みは、人間(昼ドラより)も魔族も同じだな、とデスネルは思った。
メディは口元を歪ませて嘲笑した。
「ええ、そうよ。あんたを殺して、アタシが魔王の座に就くわ!」
「ラキュルス」
「はっ」
デスネルはメディの悦に浸った台詞を無視し、即座にラキュルスに命じた。
ラキュルスが不意をついてメディに攻撃をした。メディは華麗にかわし、だがラキュルスの
攻撃で傍の住宅の壁が崩れた。
「こら! 近所迷惑になるだろうが!」
「そ、そうは言われましてもデスネル様、こんな状況で・・・」
「ほらほら行くわよ!」
メディが反撃して来た。ラキュルスは持ち前の俊敏さで素早くデスネルを抱え込むと、攻撃を
回避した。そして今度は電柱がグラリと倒れ込んで来た。そのまま電柱は民家の屋根へめり 込む。
「デスネル様、お軽いですな」
「無礼者! 早よう離せい!」
だがそこへ、衝撃音を聞きつけ、電柱が倒れたのを目の当たりにした住民達が、何事かと
わっと現れた。
するとメディはサッと顔色を変えた。
「くっ、こんな時に!」
メディはキッとラキュルスと、その彼に抱えられているデスネルを睨みつけると、早口で言い
放った。
「今度は絶対に仕留めてやるわ。覚悟なさい!」
それだけ言うと、メディは姿を消してしまった。残ったデスネルとラキュルスは、キョトンとして
いた。
「・・・ラキュルス」
「はい」
「あやつ、人間共が来ただけで逃げたぞ」
「は・・・そのようで」
随分と肝の小さい魔族だ(二人の心の呟き)。
「あれは魔王に向かぬな」
「無論でございます。魔王はデスネル様、ただお一人です」
「フンッ。人が集まって来たな。デスネル、このままで良い。特別に許す。早々に立ち去れ」
「はっ」
ラキュルスは警官が来る前に、デスネルを抱き抱えて素早くこの場を後にした。
小学校生活は一段と厳しくなりそうだ、とデスネルは頭を抱えた。
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