Missing

「嘘!!」
 エルフリーデから事の詳細を聞くなり、ルーシャは叫んだ。その横でメーアも青ざめていた。
 しかし、エルフリーデは『大教母』としての顔で、改めてその場に居る全員に告げた。
「報告したとおりです。現場にカーラン様達が駆けつけた時は、もう誰も居なかったそうです」
「そんな、だって・・・」
 ナットが向かったはずだ。誰も居ないはずなど、有り得ない。
 ルーシャは最悪の事態が頭に浮かび、愕然とした。
 あの父が、完全無欠と言っていいくらい強いナットが、負けてしまうはずがない。
「少佐・・・少佐っ・・・!」
 メーアは両手で顔を覆い、一人助かってしまった自分を責めた。
 エルフリーデには、今の彼女にかける言葉が見つからなかった。ただ悲痛な顔をして、無言
でメーアを見つめるしか出来なかった。
 今、どんな言葉をかけても、メーアには気休めにしかならない。
 その矢先、ルーシャは突然部屋を飛び出した。
「ルーシャ!」
 セイクがすぐにその後を追いかけた。
 エルフリーデも一歩踏み出したが、その場にとどまった。このチャペルで己は、『母』ではなく
『大教母』なのだ。
 この非常事態の最中、私情で動いている場合ではない。
 今は他にやるべき事がある。
 ジレンマを感じながらも、エルフリーデはルーシャの事をセイクに任せた。
 泣いているメーアはシスターに預けて休ませ、エルフリーデは自分の執務室に戻った。
 気掛かりはナットの事だ。
 抜け目無い彼の事だ。きっとメーアの話を何処かで聞いていて、現場に向かったに違いな
い。
 あれだけメーアが受付で騒いだのだから。
 しかし・・・。
「(現場に彼が居ないなんて・・・)」
 『六芒聖士団』のザノ・カーランがナットの存在を見落とすはずが無い。もしナットが、その現
場に居たらの話だが。
 ナットは何処に?
 姿をくらましているのだろうか。
 負傷を負ったか、身動きが取れなくなっているのか。
 存在を隠しているナットと接触する事は出来ない。エルフリーデは苛立った。
 彼はセルネニア・チャペルに戻ると、大司教の元へは必ず行くくせに、エルフリーデの元には
決して来なかった。
「馬鹿坊やっ・・・」
 昔の呼び方で、この場に居ないナットを叱咤した。
 ナットに限って、とは思うが、彼だって一応ヒトの子だ。いくら魔術に長けていても、万が一の
事態だってある。
 エルフリーデは、早急に大司教の元にナットからの報せが来るのを祈った。





 セイクはルーシャを見失う前に、その腕を掴んだ。
 ルーシャは振り払おうと暴れた。
「離してよ! 痛いよ馬鹿!」
「イタッ! ルーシャ、落ち着けって!」
「ヤダッ。とう・・・ナットさんが現場に行ったはずなのに、誰も居ないなんて・・・!」
「だからって、確かめに行くのか?」
「そうよ。止めないで」
「止める気は無いけど、一人で行かせる気も無いよ」
「え・・・」
セイクはルーシャの腕から手を離し、今度は優しく彼女の手を握り、引いて歩いた。
「俺も行くよ」
 意外だった。
 絶対にセイクは止めると思って、こっそり拳を握り締めていたのだが。
「ど、どうして止めないの?」
「止めて欲しいのか?」
 何処かで聞いたような会話だな、とルーシャは思った。
 セイクは肩越しに振り返り、ルーシャに言った。
「俺だって気にならない訳じゃないんだ。確かに無力だけど、ルーシャを一人で行かせるほど
無情じゃないし」
 それに、ルーシャを止める事など出来ないのは、解りきっている事だから。
 と、セイクは内心で溜め息を吐いた。
 ルーシャを止められる者が居るなら見てみたいものだ、とセイクは心底から思った。ばれなけ
ればいい、とばかりに、ルーシャは母エルフリーデの言いつけさえも無視するのだから。
 そして後で大目玉を食らう。
 幼い頃から、いつもその繰り返しだ。
「・・・ありがと」
 ルーシャは素直にセイクに礼を言った。
 止められなかった事に安心し、ルーシャもセイクの手を握り返した。





                              





 現場に到着したルーシャとセイクだったが、
「関係者以外は立ち入り禁止だ!」
 早速閉め出しを食らった。
「何よ! 白服エリートはこれだから嫌なのよ!」
「ルーシャ」
「帰らないわよ、私は!」
「いや、違うって。ほら、あそこの窓から入ろう」
「・・・何か、セイクらしくない」
 いつもなら、そんなコソ泥のような発想を考え付くような性格ではないのに。
「君に協力したいだけだよ」
「う、うん」
 何だか普段と違って引っ張られる側になり、ルーシャは妙な気分になった。
 特に悪い気分ではないが。
 少し落ち着かないのだ。
 二人は路地側の壁にある窓から、倉庫内に侵入した。巡回している牧師達も居たが、隠れな
がら奥へと入って行った。
 そして、大勢の牧師が調査している現場に到着したが、
「何も無い・・・」
 誰かが潜んでいる気配も無かった。魔術が使われた後の空気だけが、微かに漂っていた。
 そして、血の臭いもする。
 ルーシャは異常な寒気を感じた。今まで黒ミサ関連の現場に向かっても、こんな状態になら
なかったのに。
 やはり、知った人が関わっていると、こんなにも違うのか。
 ルーシャは、初めて被害者側の気持ちに触れたような気がした。
「・・・セイク、ナットさんは無事だよね」
 レオも気掛かりだが、今はナットの事で頭がいっぱいだった。
 セイクは何も答えられなかった。
 無事だよ、と言っても確信が無い。ルーシャだって、その言葉が気休めにしかならない事は
解っている。
「これから私達だけでどうすれば・・・士団はあてにならないし、警察も・・・」
「ルーシャ、落ち着いて」
「無理よっ。嫌だよ・・・もう置いてかれるのは。もう会えなくなるのは・・・!」
「?」
 ルーシャはセイクに抱き着いて泣いた。ルーシャの言葉が理解出来ないまま、セイクは彼女
を慰めた。
「ルーシャ、チャペルに戻って、大司教様とおば様に相談しよう。きっと良い対策が浮かぶよ」
 ルーシャは嗚咽を漏らしながら頷いた。
「(父さんお願い、無事で居て・・・!)」
 祈る事しか出来ない。
 やっと会えた父だ。
 それなのに・・・。
 もっともっと父と話したい事があるのだ。
 これで今生の別れになるなんて、絶対に御免だった。
 ずっと求めていた父と、再び離れ離れになったルーシャには、まだ希望の兆しは見えない。