魔王、再会 5

 お遊戯会の練習とは。

「悪夢だ」

 と、(元)魔王デスネルは語る。
 ただの練習でどうしてこれほどまで疲労するのだろうか、とデスネルは自分の出番が来る
までの間、悶々と考えていた。
 デスネルの役、すなわち魔女は出番が初めと終わりの方しかないので、デスネルは少し暇を
持て余していた。
 そして他の園児達の演技を見ている訳だが・・・。
「えっと・・・えと、せんせえ〜。つぎのわすれちゃったよお」
「おまえさっきもそーじゃないかー!」
「う、うっ・・・ええ〜ん」
「あたしつかれたー」
「良宏くん、意地悪言わないの。加奈ちゃんも皆が頑張ってるのに、そんな事を言っちゃ駄目
よ」
 こんな調子である。
 別に自分がやっている訳でもないのだが、デスネルはこの光景に大分疲労していた。一番
疲労しているのは先生だと思われるが。
 台詞をなかなか覚えられない小人役の信司の泣き声にうんざりしたデスネルは、溜め息を
つきながら彼の傍へと歩み寄った。
「貴様、いい加減に泣き止め。やかましいぞ」
「こ、こら! 愛依ちゃん」
 先生が目を丸くして注意するが、デスネルは無視した。
「だって、だって、ぼくっ、ぜんぜん、おぼえっ」
「一回しか読まないからだ、たわけ。ほれ、言ってみろ。『ベッドの上に誰かが寝ているよ』」
「う、ぅっ。べっどのうえに・・・だ、だれか・・・」
「ダラダラと言うな。それだから忘れるのだ。もっと早く!」
「ひっ! べっどのうえにだれがねているよ!」
「誰かが、だ。馬鹿者。もう一回!」
「べっどのうえにだれかがねてるよっ」
「もう一回言え!」
「べっどのうえにだれかがねているよっ!」
 先生は唖然とその光景を見ていた。他の園児達はデスネルの意図が解らなく、ただボケーッ
と二人を見ていた。
 そして何回か信司が叫んだ後、デスネルは先生に言った。
「さっきのシーンをもう一回やってみましょう、先生」
 まるで背景に花が咲いたような台詞だった。
「えっ? え、ええ、そうね(何かギャップが・・・)」
 気を取り直して、先生はもう一度そのシーンの演技をやらせてみた。
 良宏が台詞を言い、そして信司の番が来た。
「べ、べっどのうえに、だれかがねているよ!」
「いいわ信司くん! もう少しリラックスして言えば上手になるわ。愛依ちゃん、有り難うね」
 デスネルは笑顔で頷いた。
「(うるさいのが嫌なだけだわ。それよりも頭が高いぞ女!)」
 心のうちではこんな事を思っていたが。
 そんなこんなで、デスネルの出番がやって来た。まずは白雪姫が生きている事を知った魔女
が怒り、毒リンゴを作ろうとするシーンである。
「何? 白雪姫が生きているだと? おのれっ・・・! フッ。まあいい。ならば、今度はこの私
自ら白雪姫の息の根を止めてくれようぞ!」
「愛依ちゃん、愛依ちゃん、ストップ!」
「(何だ女、邪魔するな)何ですか? 先生」
「は、迫力があるのはいいわ。でもね、台詞が少し違うし、それに何だか・・・時代劇のような
口調になってるわ。皆も怖がってるし・・・」
 ふと見れば、見学している園児達は、愛依ちゃん怖いという目つきでデスネルを見ていた。
 デスネルはこっそりと舌打ちした。
「すみません、先生。次はちゃんとします」
 とびっきりの笑顔でそう言った。この笑顔で騙された者の数は、何も先生だけではないが。
 煩わしいのが嫌いなデスネルは、その後はちゃんと地ではなく、台本のとおりに演技をした。
園児の姿言えど、デスネルの頭脳は成熟した大人。文句の無い演技に、先生は大分満足の
様子だった。
「あいちゃん、すごーい」
 と、久美子がデスネルに拍手をしながら言った。
「フン。魔王ならば当然だ」
「すごーい」
「・・・お前、意味が解って言ってるのか?」



 そんなこんなで悪夢(練習時間)が終わり、デスネルを含む園児達は帰宅した。
 家に帰れば、早速ラキュルスが飛んで来た。
「お帰りなさいませ、愛依様!」
「やかましい!」
「ヒダイッ!!」
 デスネルは即座にスリッパをラキュルスの顔に思い切りぶち当てた。
「ま、毎回毎回思うのですが、何故に私にこんな仕打ちをっ・・・」
「言った事をきちんと守らないからだ馬鹿者! 二人で居る時は、決してその名を呼ぶなと
言っただろうが!」
「あ」
「そんな頭だから器も用意出来ぬのだ、たわけが!」
 デスネルはさっさとリビングに向かい、家事をしている母親にただいまと告げると、自分の
部屋に行って着替えた。
 ラキュルスはカラスの姿でデスネルの部屋にやって来た。人間の姿で居ると、この部屋が
狭く感じるとデスネルが言ったからだ。
「デスネル様、デスネル様」
「何だ、ボケガラス」
「ボケ・・・。あの、何か善い事でもありましたか?」
「何故にそう思う。毎日が最悪だ」
 鏡に映る幼女の自分の姿に、デスネルは溜め息を吐いた。本当に人間界にやって来て
から、溜め息が絶えない。
 ラキュルスは言った。
「そのですね、何だか魔界に居た時よりも生き生きとしておられますよ?」
「生き生きと?」
「ええ。魔界に居た時は、もっとこう・・・張り詰めた糸のようで、頑丈そうですが、すぐに切れて
しまいそうな雰囲気でした」
「・・・・・・」
 ラキュルスの言い分を肯定するのは癪であったが、確かにそうかも知れないとデスネルは
思った。
 此処も危険な場所ではあるが、魔界ほどではない。心のゆとりと言うものが、自分の内に
生じて来ているのだろう、とデスネルは小声で呟いた。
「下らない下らない、とおっしゃっていても、本当に嫌ならば今頃逃げ出しているでしょう? 
貴方様は」
「調子に乗るなよ、ラキュルス。わしは人間の生活に、興味をわずかに持っただけだ」
「ええ、そういう事にしておきましょう」
 ラキュルスのその笑顔に何だか腹が立ったデスネルは、彼にこう言った。
「そう言えば、魔女役で毒リンゴを作る際、その材料の中にカラスの羽根があったなあ・・・」
「・・・え?」
「その小道具が無いと先生が言っておったわ。フン、丁度いいところにカラスが居るわ」
「えっ、えっ、ちょ・・・待って下さイダァーーーッッ!!」
 またしてもラキュルスは豪快に羽根をむしり取られたのだった。
「(ゆとり・・・か。フン、悪くない)」
 決してその事はラキュルスには言わないが。
 人間界に来て、デスネルが初めて満足出来た時を得た瞬間だった。



 そして余談だが、劇の練習中では本性を隠していたデスネルが本番でよりリアルで恐ろしい
魔女を演じ(むしろ地)、見ていた園児をほとんど泣かしたとか。
 しかし大人には幼稚園児ならざる迫力ある演技と評価され、デスネルの組は園長から直々
に表彰を貰ったらしい。