魔王、再会 4
今日もまた陽が昇る。明けない朝など、この人間界には無い。魔界は薄暗いのがしょっちゅ
うだったが。
母親がカーテンを開けて部屋に陽が射し込む度に、デスネルは重い溜め息をついた。
「おはよう、愛依ちゃん。さ、早く着替えて下りてらっしゃい」
「・・・はい」
以前ほどではないが、やはり人間界の習慣には慣れなかった。
朝起きて陽の光を浴び、挨拶をしっかり交わして、皆と朝食を食べる。魔界では挨拶は一方
的で、朝食も一人だった。
「(人間とは互いの関係までも面倒だな・・・)」
デスネルはさっさと幼稚園の制服に着替え、リビングに下りた。
リビングに来ると、早速父親が声をかけて来た。
「おはよう、愛依。偉いなあ、ちゃんと一人で起きて来て」
「おはよう、パパ(頭を撫でるな無礼者がああああッッ!!)」
父親の手を振り払いたいのをグッとこらえ、デスネルは小さく溜め息をつきながらテーブルに
座り、牛乳を飲んだ。
「おはようございます、愛依様」
「ヴホォッ!?」
向かい側の席から突然ラキュルスの声が上がり、思わずデスネルは牛乳を噴き出してむせ
た。
「ちょっと愛依ちゃん、大丈夫?」
「ゲホゲホ、ぅっ・・・ゲホゲホッ! な、何できさ、何でこの人が此処に居るの!?」
デスネルは母親に渡されたタオルを口に当てながら、涙目になって母親に尋ねた。
母親はキョトンとした顔になる。
「いやね、寝ぼけているの? 愛依ちゃんの従兄妹のお兄さんでしょ?」
そんな訳あるかっ、とデスネルはキッと人間の姿のラキュルスを睨みつけた。
貴様、どういうつもりだ!?
先日の事もあって自分なりに考えた結果、今のデスネル様の周りには危険が腐るほど
あります。おまけに魔力も無い今、このラキュルスが全身全霊をかけて貴方様をお護り 致します!
余計な事をするなアホンダラ!! 両親どもを洗脳させて、何を言っておるのだ!
「こら愛依ちゃん、駄目でしょ。そんなにラキュルスお兄ちゃんを睨んで」
「らきゅるすおにいちゃん!?」
少しは名前をひねって変えんかいボケーーーッ!! 何を本名のまま突っ走って
おるのだ!?
も、申し訳ありません。何分、この世界に準じた名が思いつかなかったので・・・。
そういう訳で、新しい家族が加わる事となってしまった。
「どうでもいいが、愛依と呼ぶな。虫唾が走る」
「しかし、デスネル様とお呼びする訳にも。せっかく愛らしい名前があるのブグッ!!」
「愛依ちゃん! どうしてお兄ちゃんにコップを投げたりするの!? 謝りなさい!」
人間界生活が、また一段と騒がしくなりそうだった・・・。
パンパン、と担任の先生が手を叩いた。園児達は遊びを中断して先生の方を向く。
「皆、そろそろお遊戯会の季節になりましたね。今年のモモ組みの劇は、『白雪姫』になりまし
たー!」
わっ、と女の子達ははしゃぎ、男の子達はえーっと不満の声を漏らした。
一方、デスネルは・・・。
「・・・・・・何じゃそりゃ」
お遊戯会、劇、それらも意味が不明だが、デスネルの最大の謎は『白雪姫』だった。
「えー、あいちゃん、しらないのお?」
「悪かったな」
「じゃあ、あたしがよんであげるね」
と、豊田久美子(『魔王、再会 1』参照)は頼んでもないのに『白雪姫』の本を持って来て、デス
ネルに聞かせてあげた。
が、如何せん聞き取りにくかったので、デスネルは勝手に横から文章を読んでいた。
そして読み終えた結果。
「下らん」
というのがデスネルの感想であった。
何にしても、継母の白雪姫抹殺計画が味気無い。どうしてそこで毒リンゴを使用するのか、
デスネルには解らなかった。絵本の世界が魔界ならば、毒リンゴではなく直接手を下すと言う
のに。
おまけに、王子サマのキスとやらで白雪姫が復活するのが気に食わなかった。
「仮にも死体にキスするとは、どういう趣味の持ち主だコイツは」
「おうじさまって、ステキよねえ」
「真剣に考えた方が身のためだぞ、お前」
そんなこんなで、役を決める事となった。
やはり、白雪姫をやりたい女子は大勢居たので、姫役は後回しに。小人の方はすぐに決まり
そうであった。
王子役は、女子がクラスで一番格好良い男子をよってたかって投票した結果決まり、残す
問題は・・・。
「誰か魔女をやってくれる子は居ないかなー?」
そう、魔女役がなかなか決まらなかった。
誰も悪者であり、最後に老婆となってやられてしまう役などやりたくはなかった。
先生は少し困ってしまっていた。
「じゃあ、先生がクジで決めちゃうよ?」
そう言えば、まだ配役が決まっていない園児達が不満の声を漏らした。
「えー、ヤダー」
「わるものなんかやりたくないよー」
ピクリ、とデスネルの耳が反応した。
「まじょってコワイもんねー」
「ねー」
「しらゆきひめをころしちゃうなんて、すごくヤダよね」
「ぜったいイヤー」
悪者・・・恐怖・・・殺人・・・。
悪者で嫉妬深くて恐ろしい人殺しの魔女。
悪者で美しい故に嫉妬深くて恐ろしい最強の人殺しの魔女。
「・・・やる!!」
ガタッとデスネルは勢いよく立ち上がって手を上げた。全員が吃驚してデスネルに注目した。
「あ、愛依ちゃん、いいの?」
「二言は無い」
幼稚園児らしからぬ口調と言葉で、デスネルは先生に返した。
こうして魔女役はめでたくデスネルに決まった。
信じられない、とばかりに久美子はデスネルに声をかけた。
「あいちゃん、どおしてまじょやるの?」
「フッ。劇をやるのも最後に死ぬのもいささか気に食わないが、久しぶりに魔王気分が味わえ
そうだからだ。まあ、凡人には解るまいな」
デスネルの言葉に、久美子はただただ首を傾げるだけだった。
「(しかし、血が見れないのが残念だ・・・)」
と、デスネルは心の中で物騒な事を考えていた。
今後、劇は一体どう出来上がるのだろうか・・・。
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