魔王、再会 3
永かった。ついにこの日が来た。ようやく元の力、元の姿を手に入れる事が出来た。
これで我が故郷(ふるさと)、魔界へ還れる!
「・・・というわしの輝かしき夢をぶち壊しおって、このバカカラスめ!!」
「カァーーーッ!! おやめ下さいカアァーーーッ!!」
「カアカアとやかましいわ!」
「カラスなのですから仕方ないでしょう! とにかく、羽根をもぐのはおやめ下さい! 人型に
なった時にハゲます故!!」
「ハゲろ! むしろ朽ちるがいい!」
「酷いィッ!」
三島愛依こと(元)魔王デスネルは、いまだに人間界に滞在していた。
これというのも、ようやく彼の元にやって来た下僕のラキュルス(とその他の下僕達)が悪い。
デスネルを無事に人間界で見つけたのはいい。だが、下僕達は肝心な事を忘れていた。
それは。
器。
すなわちデスネルの元の姿をかたどる器を、彼らは創っていなかった。デスネルを捜すの
に夢中で。
この人間の身体で魔界へ行けば、そのまま黄泉へまっしぐらである。
そういう訳で器が出来るまで、デスネルは人間界にとどまるのを余儀無くされた。そしてスト
レスは溜まる一方で、暇さえあればラキュルスの羽根をもいでいた。
「ううう・・・。あんまりでございます。血が滲んでいますし」
「フン、わしはもっと血が滲むような思いで此処まで来たわ」
これまでの事を思い出すと、デスネルは背筋に悪寒が走った。
そこへ、部屋のドアがノックされた。デスネルは見事なスライディングでラキュルスを蹴飛ば
し、ベッドの下へ追いやった。
ドアが開いて、母親(仮)が入って来た。
「愛依ちゃん、あら、お掃除?」
「う、うん」
デスネルは、もいだラキュルスの羽根を素早くゴミ箱へ押し込んだ。
「何か騒がしいと思ったんだけど・・・」
「隣のお家じゃないの?」
「んー、そうね。愛依ちゃん、悪いんだけど、少しお留守番しててくれる? ママ、お買い物して
くるから」
世間のお子様ならば、此処でママについて行くと一点張りであろう。しかし相手は(元)魔王
デスネル。母親について行ってお買い物なんてしたくはない。
「うん、行ってらっしゃい」
「そう? お留守番、ちゃんと出来る?」
「出来るよ(そんなに信用無いなら留守番させるな馬鹿者め)」
天使のような顔とは裏腹に、心は魔王そのものである。
「そうね、もうお姉ちゃんだもんね。じゃあ行って来るけど、知らない人が来たらカギを開けちゃ
駄目よ」
「はーい」
母親が出て行くと、デスネルはフウと肩の力を落とした。
「子供の振りも楽ではないな・・・。いつまで笑っておるのだ貴様ァッ!!」
「ひいいっ!? すみませんすみませんすみません! あのデスネル様があまりにも豹変して」
「好きでやっとるのではないわ!!」
デスネルはベッドの下でひたすら笑いをこらえていたラキュルスを引っ張り出すと、そのまま
思いっきり窓へ投げつけた。
さて、母親が居なくなったところで、デスネルが一番落ち着く時間がやって来た。床に転がる
ラキュルスを放って置き、リビングに行ってテレビを見た。
「む、この時間帯では昼ドラしかやっていないか。つまらん」
お気に入りの番組はニュースである。特に凶悪犯などが取り上げられるもの。
「ほほう。これが人間達の情報箱ですか」
ラキュルスがやって来て、ソファの背もたれに翼を休めた。すかさずデスネルが、テレビだ
馬鹿者、と言う。
他にやっている番組は時代物、健康について、とつまらないものだったので、仕方なくデスネ
ルはドロドロとした内容の昼ドラにチャンネルを合わせた。
「いやあ、人間界も魔界と同じところがあるのですねえ」
「生ぬるいわ。人間は意気地が無い。魔界の者なら此処で血が流れているぞ」
「確かに」
不倫発覚のシーンで二人はそんな会話をしている。というより、いくら中身が大人とはいえ、
幼稚園児が見るものではない。
ピンポーン♪
「デスネル様、客人では?」
「ほっとけ。出るのも面倒だ」
チャイムはもう一度鳴ったが、デスネルは無視した。
それっきりチャイムは鳴らず、静かになった。しかし、しばらくした頃。
キリキリキリ・・・パリンッ。
「む?」
「廊下からですね」
デスネルはテレビを切った。カララ、と窓が開く音がした。
「俗に言う、空き巣ではないのですか?」
「フッ、いい度胸だ。このわしの領地に足を踏み入れようとは。返り討ちにして、血祭りだ」
「デスネル様、デスネル様」
「何だ、うるさいな」
「解っていらっしゃるとは思いますが、貴方様は今や幼女なのですよ?」
「・・・・・・」
ちょっと忘れていた。
そんな矢先、リビングのドアが開いて、見るからに怪しい男が入って来た。男はデスネルの
姿を見つけると、少し驚いた顔をしたが、すぐに下卑た笑みを浮かべた。
「おっと。何だ、びびらせんなよ。お嬢ちゃんに・・・カ、カラス、か?」
男は、何故カラスがリビングに、というふうにラキュルスを見た。
デスネルは腕を組み、少しだけ胸を張った。最早この時点で、自分が幼女である事を忘れて
いる模様。
「貴様、いい度胸だな。わしの領地に土足で入り込むとは」
「へっ、ませたガキだぜ。おい、こっちに来な」
『ガキ』という単語が拙かった。
「・・・ラキュルス」
「はっ」 なぶ
「かまわん。死なない程度に痛めつけ、嬲り、懲らしめろ」
「御意」
ラキュルスはバサッと翼を広げた。翼を広げると鷲のように大きくなり、物凄く威圧感が
増した。
そして男は更に驚愕した。
「な、なな何だよ、オイ。ひっ!? 人に化け・・・ギャアアアッッ!!」
「愛依ちゃん!!」
「うおっ」
デスネルの母親は警察から連絡を受けて自宅に戻って来るなり、デスネルに飛びついて抱き
締めた。
「ああ、良かった! 愛依ちゃん、ごめんね! 怖かったでしょうっ」
「ぐ、苦しっ・・・」
母親はデスネルを離して何処か怪我は無いかと尋ね、何も無い事を知ると更に安堵して
目に涙を浮かべた。
その様子に、デスネルはギョッとした。
「(おい、泣くのか。大袈裟な・・・)」
そこへ警察の人がやって来て、母親は立ち上がって何度も頭を下げた。
「本当に有り難うございます!」
「いえいえ、奥さん。お礼なら、こちらの方に。お嬢さんを助けたのは、彼だそうです」
と、警察は隅の方に居た青年を指した。勿論、ラキュルスである。
母親はラキュルスにも頭を深く下げた。泣きながら礼を言っているので、ラキュルスも相当
驚いていた。
そして警察も帰り、ラキュルスによってボコボコにされた泥棒の男も連行され、一件落着した
夜。
ラキュルスは再びカラスの姿になり、デスネルの部屋に居た。
「珍しいですね」
「何がだ?」
「貴方様ですよ。死なない程度に、とおっしゃって。いつものデスネル様なら、骨も残さず滅しろ
と命じたはずです」
「フン、だから貴様は馬鹿なのだ。良いか? あのまま男を滅してたら、割れたガラスの言い訳
をどうすればいいのだ。ただでさえ煩わしい生活を送っているのだ。濡れ衣を着せられ、小うる さい説教を聞くのはうんざりだ」
「おお、なるほど」
フン、とデスネルは鼻を鳴らした。
「・・・人間とは、やはり奇妙なものよ」
「そうでございますね」
「解るのか?」
「ええ。これまで生きて来て、涙を流しながら礼を言われた事など、このラキュルスにはありま
せんでした」
「というより、魔界でそんな事など有り得ないだろ」
「まあ、そうでございますね」
「わしもだ。あんなに大袈裟に身を案じられたのは」
「ええっ!? デスネル様、私どももデスネル様の身を激しく案じて居りましたぞ!?」
「よさんか、気色の悪い。身内での話だ。貴様も、わしがどうやって魔王の座を手に入れたか
知ってるだろう」
うっ、とラキュルスは口を閉ざした。
親子と言うものがあっても、決して互いに相いれない親子というのが魔界では日常茶飯事。
デスネルの魔王の座も、実の父から奪ったもの。そしてそれをまた奪おうとする血筋も居る
訳で。まあ、だからこそ早く魔界に戻りたいのだが。
「デスネル様・・・」
「フン、興ざめだ。わしはもう寝る」
デスネルは電気を消すと、ベッドにもぐりこんだ。
「お休みなさいませ、デスネル様」
良い夢を・・・。
「貴様は外だ」
「酷いですよデスネル様あぁーーーッ!」
ぺいっ、とラキュルスは問答無用で外へ放り出された。
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