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魔王、再会 2

 人間界生活も早五年。三島愛依(元魔王デスネル)は自宅の庭で大きな溜め息を吐いて
いた。
 もう何度目の溜め息になるだろう。わざわざ陽が照る庭に出てまで溜め息をつく理由は、
家の中に居る母親がそれを聞きつけては、何かとあれこれ尋ねて来るからだ。
「人間、それも親とは鬱陶しいものよ・・・」
 魔界ではそんな事はなかった。確かに『親子』と言うものは存在するが、子が成長すれば
親の役目はそれまでだ。ちなみに、成長を遂げるまでは遅くても一週間ばかりである。
「そういえば、ギリタスとドムルスはどうなったかのう。相変わらず流血三昧だろうか」
 ギリタスとドムルスは親子だが、目が合えば何処であろうと闘い出す。お互い何が気に食わ
ないのか、誰も知らない。喧嘩ではないらしい。何しろあの二人、血を流しながら口元に笑みを
浮かべていた。
「フェリシュタとミワン、そしてエメンもそうだったなあ」
 ミワンとエメンは姉妹で、フェリシュタの子だ。三人はこれでもかと言うくらい仲が悪い。これ
こそ血を見る喧嘩であった。理由は『誰が一番美しいか』という事だ。おまけに三人で、父で
あり夫であるオールズを奪い合っていた。
「まあ、魔界では日常茶飯事だな。娘が父を誘惑するのも、その逆も」
 こちらではあまり見ないが・・・。あっても困る、とデスネルは思った。今の自分は女だ。
 デスネルはまた溜め息を吐いた。
「五年・・・か。人間になると時の感覚も狂うのだろうか。魔界に居た時は、五年などあっという
間に感じていたのに。五年・・・長すぎるぞ」
 おまけに成長も遅い。まだ全然チビのままだ。牛乳を飲めば大きくなると言う噂を小耳に
して、毎日牛乳を飲みまくったら腹を壊してしまった。でもってやっぱり成長は早まらない。
「不便だ・・・。まったくもって、不便すぎる」
 その時、普通のカラスよりも一回り大きなカラスが頭上をサッと通り過ぎた。
 デスネルはすぐさま立ち上がり、上を見上げた。
 さっきのカラスが何度かグルグルと回り、やがて物干し竿に止まった。カラスは大きな翼を
閉じると、漆黒の鋭いくちばしを開いた。
「お久しぶりでございます、デスネル様」
「遅いわこのボケガラスがああッッ!!」
「カアッ!?」
 デスネルは足元にあった玩具用のバケツをカラスに投げつけた。カラスは絶叫を上げ、羽根
を撒き散らしながら物干し竿から落下した。
「い、痛いでございます。再会した早々、何故にこんな仕打ちっ・・・」
「やかましい! すぐに捜し出せと言うたであろう!?」
「そんな、たったの五年ではないですか」
「人間の感覚は鈍足なのだ! 解ったか、馬鹿ラキュルス!」
「愛依ちゃん、何を騒いでいるの?」
 カララ、と窓が開いて母親が顔を出して来た。デスネルは瞬時にカラスの首を鷲掴んで茂み
に突っ込んだ。
「な、何でもないの」
「そう? でも何か、カラスのような鳴き声が・・・」
「気の所為だってばっ」
「んー、そうかしらねえ」
 母親は何度も首を傾げながら、ようやく引っ込んだ。
 デスネルはホッと安堵した。
「ふー、危ないところであった」
「デ、デスネル様・・・わりと今自分が危ない状況なのですが・・・! く、首を絞めっ・・・」
「おお、忘れておった」
 デスネルは茂みからカラス、もとい配下のラキュルスを引っ張り出すと、ポイッと投げた。
「く、相変わらず酷なお方だっ・・・。姿だけは大変愛らしくなってるのに」
「何か言うたか? その羽根、すべてもいでも良いのだぞ?」
「いえ何も。デスネル様、ご無事でな、何よ・・・り、く、失礼。ブッ、クククッ!」
「ラキュルス・・・。わしはなあ、好きでこのような女子(おなご)の身体に転生したのではない
のだぞ」
「あああッ! すみませんすみません!! 羽根をもがないで下さい!!」
 デスネルはもいだ羽根を汚らわしそうに捨てた。
「フンッ。一先ず、ご苦労であったと言おう。さっさとわしを魔界へ連れて行け」
「は? その人間の身体では、魔界の毒気で即死でございますが?」
「・・・ちょっと待て。貴様ら、器を用意してないのか?」
「・・・・・・あ」
「忘れてどうするハゲカラス!!」
「すみまカアアーーーッ!」
 デスネルは植木鉢を投げつけた。見事に鉢は割れ、ラキュルスは頭に土と花をかぶったまま
地面にひれ伏した。
「もももも申し訳ありません! 一刻も早くデスネル様を捜し出さないと、と躍起になって・・・」
「捜し出して、いざ還ろうと言う時に、肝心の器がなくてど・う・す・る!?」
「お、お許しを! 羽根だけはお許しをーッ」
 ようやくこの疎ましい環境から去れると思えば、まだしばらく此処に滞在しなければならなくな
ってしまった。
 そう思うとデスネルは胃が痛くなり、ひたすらラキュルスの羽根をもぎ続けた。
「羽根だけはーーーッ!」
「やかましい。罰だ」