魔王、再会 1

 三島愛依こと(元)魔王デスネルは、幼稚園に入園する年となった。
 入園して三日後、デスネルの感想は、


「幼稚園、恐るべし」


 であった。
 まずは朝の迎えのバスからうんざりしていた。騒がしい子供達が沢山乗り、母親と別れるの
が嫌でワアワア泣き喚く子供がしっかりと居る。
 そんな状態で、煩わしい幼稚園に向かうのだ。『幼稚園バス』、と言うよりは『地獄バス』で
ある。勿論、これはデスネルだけにとってだが。
「(人間は愚かだとは思っていたが、此処まで愚かな存在だったとは・・・。ある意味、恐れる
存在だ)」
 デスネルにとって、何故こんな場所に来なければならないのか疑問であった。
 幼稚園に来て『おうた』を歌ったり、『おえかき』をしたり、『ねんどこうさく』をしたり・・・。ちゃん
とやらなければ先生から煩わしい忠告が入るので、デスネルは生気が抜ける思いでそれらに
取り組んでいた。
「うぬぅ・・・。このスモックとか言う着物、手首にゴムが食い込んで痒い。生地も最悪だ。何より
も何だ、このスカート! 下手をすれば中が丸見えではないか! 丈が短すぎだ。女は何故に
こんな物をはくのだ!?」
「あーいちゃーん、あーそーぼー」
 教室の隅で制服に不満を漏らしているデスネルの元に、豊田久美子という女の子が人形を
抱えてやって来た。
「何だそれは。呪い人形か?」
「ちがうよー。おままごとしよ。パパとママ、どっちがいい?」
 デスネルは胃が締め付けられる音が聞こえたような気がした。ままごと自体嫌だと言えば、
すぐに泣く。これだから女子は嫌だ、と内心で舌打ちをついた。
「ま・・・魔王がいい・・・魔王に戻りたい・・・」
「え? なーに? きこえないよお」
「くっ、何でもないわ。好きな方を選べ」
「ほんと!? じゃー、あたしママね」
 久美子はせっせとプラスチックのお茶碗を並べ始めた。パパ役のデスネルは早くもげっそり
である。
「あなたー、おしょくじができましたよー。どおしたの? そんなにつかれたかおして」
「・・・・・・・・・残業だ」
 そんな言葉をままごとで使う幼稚園児は居ない。
「まあ、またのんできたの?」
 しかも会話がかみ合っていなかった。デスネルは思った。ままごとを通して、この子の家庭
環境が垣間見えそうだ、と。
 すると、そこへ。
「あーっ、なにするの!?」
 突然乱入して来た一人の男児。いきなり来たかと思えば、並べてあった茶碗などを倒して
滅茶苦茶にした。
「(また鬱陶しいのが現れたわい・・・)」
 デスネルが観察して解って来た事だが、男児は何かと女児にちょっかいを出しまくる傾向が
あるらしい。女児の髪の毛を引っ張ったり、さっきのように遊びの邪魔をしたり、物を取ろうと
したり。
「おい、よこせよー」
「やーっ! かえしてーっ!」
 早くも人形が取られようとしている。デスネルは呆れた顔でその様子を見ていた。
 男児が久美子の手から人形を奪い取った。久美子は当然すぐに泣いた。
「やーい、くみこはすぐなくー。よわむしー」
「(餓鬼は何故に語尾などを延ばすのだ?)」
 デスネルはそんな事ばかり考えていた。
 男児は、今度はデスネルに突っ掛かって来た。
「なんだよ、おまえー。おんなのくせにパパなんかやってんのかよ」
 途端、デスネルの堪忍袋の緒が切れた。
「貴様・・・この無礼者がああッ!!」
 デスネルは相手の胸倉を掴むと、顔を近づけて罵声を浴びせた。
「わしとて好きでやっとる訳ではないわっ、このうつけ者め! 女の気を引きたくば、それなりの
口説き文句でも用意したらどうだ!! 貴様のような小僧をなあ・・・(自主規制)者と言うの
だ!! 出直して来い!」
 幼稚園児にはさっぱり通じない単語を並べて言い放ったが、デスネルの怒りだけは通じた
ようであった。男児は吃驚した後、顔を歪ませて泣きながら先生の元へと走って行った。
「ふんっ、貧弱者が。おい、お前も泣くな。うるさいぞ」
「エェ〜ン。うっ、ヒック、うう・・・ック。あいちゃん、っが、とお・・・」
「は? 何だと?」
 どうやらお礼を言っているようだが、嗚咽が酷くてよく聞き取れなかった。
 そこへ、デスネルが泣かせた男児と先生がやって来た。弱者がよくやる事だな、とデスネル
は小さく舌打ちした。
「愛依ちゃん、圭太くんを泣かせたって本当?」
 するとデスネルと、口元に両手を当て、上目遣いで答えた。
「でも先生、圭太くんが先に久美子ちゃんのお人形を取ったのぉ。それで久美子ちゃんが泣い
ちゃって、ちょっと圭太くんにキツく言ったら・・・。あたし、泣かす気なんて、無かったのぉ」
 先生は久美子の方を見た。久美子は愛依の言うとおりだとばかりに、涙を拭いながら何度も
頷いた。
 今度は先生が圭太に言った。
「圭太くん、ちゃんと貸してって言わなくちゃ駄目でしょ?」
「えっ、でもせんせえ・・・」
「ほら、久美子ちゃんに謝って」
 先生に背中を押されて、圭太は泣きながら何を言ってるのか解らない言葉で、久美子に頭を
下げた。
「愛依ちゃんも、あまり泣かせちゃ駄目よ?」
「はあい」
 デスネルの内なる言葉、ちょろいもんだ。
「(フッ・・・。幼児の振りはいささかストレスがたまるが、猫を被るのは良い手だな)」
 途中で吐き気ももよおしたが、女もなかなか便利だ、と思った瞬間であった。
 思わず地で吐いてしまった罵声を先生に聞かれていれば、こう上手くは行かなかっただろう。
しかし発散したお陰で、気分がすっきりした。
 これからも周囲に気を付けつつ、ストレスを発散して行こうと思った。
 でないと身がもたない。