魔王、転生 3
心地よい風が吹く、快晴の昼下がり。まさに絶好の散歩日和である。
「(帰りたい・・・)」
少なくとも、(元)魔王を除く世間一般の人々にとっては。
デスネルは最近、ベビーカーに乗せられて、近場の公園に散歩する事が多くなった。そこで
は同じように赤ん坊を連れて来る奥様達で賑わっていた。
「愛依ちゃんはいくつになったんですか?」
「今は一歳三ヶ月です」
「まあ、そうなの。愛依ちゃんて大人しいのねえ」
「そうなんですよ。夜泣きも一度もしなくて。それはそれで助かるんだけど、ちょっと心配で」
「あら、いいじゃない。うちのヒロくんなんて・・・」
などど交わされる赤ん坊達の母親の会話。
傍で聞かされているデスネルにとっては、騒音の他無い。
「(やかましい・・・。夜泣きしないのは普通だっ。確かに腹が減って苛々はするが、泣くほどで
はない。馬鹿らしい)」
退屈で欠伸をしていると、となりに座っている他の母親に抱かれている赤ん坊が、デスネル
の方へ身を乗り出して来た。
赤ん坊は、同じく母親に抱かれているデスネルの服を掴むと、自分の方へ引き寄せ始めた。
「(な、何だコイツ! 無礼者、引っ張るな!)」
「あらあら、マーくんたら、愛依ちゃんの事が気に入ったみたいね」
と、赤ん坊(マーくん)の母親。
「あら〜、良かったわねえ、愛依」
と、愛依(デスネル)の母親。
「(良くないわああッ!! 何故こんな小僧に好かれなきゃいかんのだ! わしは男だ!)」
しかし、身体は女そのもの。
デスネルの母親は調子に乗って、マーくんにデスネルを近づけた。マーくんは興味津々な
顔をして、ペタペタとデスネルの顔を触り出した。
「(やめんかこの小僧! お前もだ母親(仮)! ええい、鬱陶しい!)」
苛立ったデスネルは腕を伸ばしてマーくんの髪の毛を掴んだ。少し力を入れて引っ張った
だけで、マーくんは泣きそうな顔をして母親の腕の中に引っ込んだ。
「まっ、駄目でしょ愛依!」
「いいのよ、三島さん。赤ちゃんなんだから、しょうがないわ」
「(そうだそうだ!)」
デスネルは満足そうに頷いていた。
マーくんの方をちらと見ると、まだ母親の腕の中でぐずっていた。人間とはこんなに弱いもの
なのか、とデスネルは思った。
人間は成長が遅い。空も飛べない。ベッドから落ちただけで大怪我。その他色々。
「(生前の時のように過ごせば、うっかり死んでしまうかも知れんな・・・)」
もはやそれは、『うっかり』と言えるような次元ではない。
下僕達が見つけてくれるまで、しばらくは人間らしく行動を控えめになろう、とデスネルは思っ
た。『うっかり』死んでしまっては、転生した意味が無い。
「そういえば皆さんは、もう幼稚園の事とか決めた?」
「え、まだ早くない?」
「そうでしょう。でもね、お金の事を色々考えると、ある程度は決めておいた方がいいらしいの
よ。先日もね・・・」
何やら奥様達は別の話題で盛り上がり始めた。
「(ようちえん? 何だそれは?)」
またしてもストレスがたまる出来事が起ころうとしている事など、この時のデスネルには知る
由も無かった。 |