魔王、転生 2
人間界生活、十ヵ月後。
三島愛依こと(元)魔王デスネルは、ベビーベッドから出してもらえる回数が日に日に増えて
行き、ついに歩行練習に入った・・・のだが。
「(頭・・・重すぎ・・・)」
デスネルは床に座り、バランスを保っていた。意外とこれが難しく、気を抜くと頭でっかちな
この赤ん坊の身体がいやおう無く後ろへ倒れ込む。
倒れれば頭を打つし、何よりも両親が血相を変えて飛んで来る。頭を打つよりも、後者の方
がデスネルにとって煩わしかった。
今も神経を使いまくっているお陰で、体力も長く続かない状態だった。
「(何て体力の無い身体だ! まったく、這いつくばってたまるか!)」
俗に言う『ハイハイ』をした時の両親の歓喜の声ときたら。思い出しただけでもデスネルは
うんざりした。
これで立ち上がりでもすれば、一体どんな両親の反応が待ち構えているのやら・・・。想像し
ただけで、デスネルは気が萎えた。
しかし、いつまでも立てないままでは困る。デスネルは両親がこちらを見ていないタイミングを
見計らい、椅子などの脚を掴んで立ち上がろうとした。
が。
「(んげっ!? ななな何だ、あの親父は! 小さな箱のような物を持ってこっち見てるぞ!)」
ビデオカメラである。愛娘の成長を記録したい父親ならではの行動だ。
父親は握り拳を作り、口元に笑みを浮かべて一心にデスネル、もとい娘の様子を録画して
いた。
「(人間は妙な物を持っているな・・・。つか、見るな無礼者!)」
「あらあら、愛依ちゃんはカメラが気になるみたいねー」
「ほら見てごらん。手を振ってるよ」
微笑ましい夫婦の会話に、デスネルは心の中でただただ「違ーーーうッ」と絶叫していた。
デスネルはカメラに背を向け、歩行練習に入る事にした。彼らに付き合っていると、ストレス
で胃に穴が空きそうであった。
「(くそっ。シャンと立たんか、この脚)」
自分のか弱い脚に文句を言いながら、デスネルは踏ん張って立ち上がり、両手で椅子の脚
にしがみついた。後ろで両親の息を呑む声が聞こえたが、無視した。
「(うおっとと。あ、頭が重くてバランスがっ・・・)」
何度も前後にグラグラと揺れ、その都度、両親は声を上げたりしていた。
「愛依ちゃん、頑張れ!」
「(やかましいわい!)」
たかが立つぐらいで何だと言うのだろう。魔界では生まれてすぐに歩けるのが普通である。
デスネルは両手を広げてバランスを取り、そろそろと片手を椅子の脚から離した。しばらく
身体が揺れていたが、やがて止まり、バランスが上手く保たれた。
行ける、と思ったデスネルは片足を踏み出したが、その途端に身体のバランスが崩れた。
「(どわあッ!)」
成す術も無く、デスネルは床に倒れた。すると、母親が怒涛のように駆けつけて来た。
「愛依ちゃん、大丈夫!?」
「(ええい、鬱陶しい! 倒れただけで大袈裟な!)」
「強いなあ、愛依は。全然泣かないぞ」
「(何を傍観しとるんだこの親父は。倒れただけでこのわしが泣くものか!)」
父親はまだカメラを回し続け、倒れている娘の姿をばっちり録画していた。
その異様な視線に鬱陶しさを感じたデスネルは、母親の膝に手をついて立ち上がり、視線か
ら逃れようと歩き出した。ヨタヨタと身体が今にも倒れそうだったが、デスネルは何とか持ちこた えた。
「(むむむ、歩きにくい事この上ないな)」
すると、母親が歓声を上げた。
「キャー、立ったわ! 愛依ちゃん凄いわ!」
「偉いぞ、愛依!」
「(予想を裏切らんな、この馬鹿夫婦は・・・)」
こういう反応をするなとは思っていたので、それほど精神的なダメージは来なかった。
だが。
「こうしちゃ居られないわっ。お母さん達にも言わなくちゃ!」
「(やめんかこのアマーーーッッ!!)」
別の精神的なダメージがこれから起こりそうであった
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