魔王、転生 1
魔王の転生は成功した。身体に多少違和感があり、魔力も全然戻っていない不便な状態だ
が、いずれ下僕達が見つけ出し、元の姿へと戻るだろう・・・が。
「(何故に女子の身体に転生せにゃならんのだ!!)」
(元)魔王デスネルは、事もあろうか女性の肉体に転生してしまった。
別に間違った訳ではない。死んだ後に自分の魂と相性のいい人間の肉体に宿ったのだが、
性別の事までは頭に無かった。転生をするだけで精一杯だったからだ。
「(す、少しは性別の事も考えれば良かった・・・)」
ちなみに(元)魔王、現在0歳一ヶ月である。
「はーい、愛依ちゃーん。ミルクの時間よー」
しかも名前は、三島愛依(あい)である。
「(何がアイじゃ、たわけーーー! 仮にも魔王たるわしに『愛』という文字を名に付けるとは、
どういう神経しとる!)」
「愛依ちゃん、今日も元気ねー」
どんなに不満の声を上げても、短い手足をバタつかせ、赤ん坊特有の言葉にならない声を
出す事しか出来ない。そんな自分の様に、デスネルは泣きたくなった。
「(ううう、これが魔王と呼ばれたわしなのか? 情けなくて嫌になる・・・くそ、腹も減った・・・)」
朝にミルクを飲んだと思ったのに、もう空腹を感じていた。人間の身体(特に赤ん坊)は、これ
だから厄介である。
ミルクを飲むに当たっても、まだ母親からの授乳。これも相当ストレスがたまるが、何よりも
嫌なのは・・・。
「愛依ちゃん、オムツ大丈夫かなー?」
そう、用足し。
ベビーベッドから脱出して、トイレに向かおうならば母親が阻止する。何にしても頭が重くて
バランスが取れず、ベッドから出る事もままならないが。
「(だーーーッ! 触るなアマ! 無礼者!)」
「ほんとに愛依ちゃんは元気ねー」
「こんなに手足をバタつかせてたら、歩き出すのも早いんじゃないかな?」
「(父親は何をナチュラルに見とるのだーーーッ!! この夫婦は変態か!?)」
ようやく新しいオムツをはかせてもらったデスネルは、やっと気分が落ち着いたが、もう死に
たい気分だった。
頭上では静かなメロディが流れて回転している、訳の解らないおもちゃがあり、かなり鬱陶
しかった。柵で囲まれたベッドも気に入らなかった。まるで牢屋に入れられている気分だ。
「(人間とは、思った以上に面倒臭い生き物だ・・・。もう一ヶ月経つというのに、何故にまだ小さ
いままなのだ)」
自分達、魔族との成長のギャップに、デスネルは相当のカルチャーショックを受けていた。
ストレスで瀕死の崖っぷちに立つ度に、デスネルは自分に言い聞かせた。また復活するには
これしかない、魔力が戻るまでの辛抱だ、と。
「(早く下僕どもが見つけてくれれば、こんなストレスのたまる所なんざ出て行けるのだが・・・
この姿を見られるのは嫌だ!!)」
まさにジレンマであった。
「(くそっ。これもわしに深手を負わせた天界どもの所為だ!)」
連中への復讐心を糧に、デスネルは新たな生命に何が何でもしがみつく事を誓った。
ピンポーン♪
「あ、お母さん達だわ。いらっしゃーい」
「こんにちわー、遊びに来たわよー! 愛依ちゃん、元気ィー?」
「(・・・・・・わし、やっぱ死ぬかも)」
誓いは案外もろくも崩れそうだった。
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