おるすばん編

 西の国はいたって平和です。
 大臣のジュナールと過ごす変わらない日が続く中、王様のアルズは、何だか明日から違う
事が起こりそうな気がしました。

 それはアルズが就寝に着く前の事でした。ジュナールはアルズにこう言ったのです。
「陛下、誠に勝手ながら明日から三日間、わたくしは故郷に帰らせていただきます」
「ん〜眠いから明日にしてくんない?」
「コテンパンにしますよ」
「ごめんなさい」
 ジュナールは話を続けました。
「実は、わたくしの母の叔母のいとこの子供の近所に住む老人の孫が重い病だと聞き、看病を
しに行きたいのですが」
「てゆーかそれ他人じゃないの?」
「よろしいですね?」
「あ、はい。大丈夫です。いいです、はい」
「有り難うございます。わたくしは明日の早朝に出て行きますが、わたくしが居なくても、きっちり
執務を行う事。戻った時に書類が増えているようならば・・・」
「な、ならば?」
 ジュナールは何も言いませんでした。ただメガネをキラリと光らせるだけでしたが、アルズに
はもう十二分に意味が伝わったみたいです。
 アルズは真っ青になりながら、やるやると激しく頷き返し、ジュナールも満足げな顔になりま
した。
「では陛下、お休みを。そして留守番をお願いします」
「うん、おやす・・・って僕が留守番係なの!? 国王なのに!?

 そんなこんなで次の日。今日は朝からジュナールは居ません。
 アルズはいつもよりリフレッシュした様子で、清々しい朝を迎えたのでした。
「いやー気分爽快っ。何たってあの腹黒大臣が居ないからなー。まったく、人の事を国王だと
思わないあの態度! 親の親の、そのまた親の顔でも見てみたいよ!」
 ジュナールが居なくて、アルズは少々強気になっていました。強気のあまり、何を言っている
のか意味不明です。
 アルズは執務に就きましたが、俄然やる気が出ません。いつもの事ですが、いつも以上に。
「あーーーやりたくなーーーい。他の誰かがやればいいのに。影武者雇えよ誰か
 ジュナールが居ないので、かなり言いたい放題です。
 しかしそのアルズの耳に、妙にリアルにある言葉が聞こえたのです。

「戻った時に書類が増えているようならば・・・ならば・・・らば・・・」

ッ!!? ななななな何だ!? 今、何かエコーがかかった声が・・・!!」
 幻聴でしょうか? それとも、アルズの身に染み付いたジュナールの怨念でしょうか?
「怨まれてるの!?」
 命がいくつあっても足りません。
「怖ァッ!!!」
 サボっているとまた聞こえてきそうなので、アルズは死に物狂いで執務に取り掛かりました。

 そんでもって次の日。一日が経つのも早いものです。
「ちくしょーーー・・・。ジュナールの奴、自分だけ休暇取りやがって。国王には休暇が無いんだ
ぞ、色メガネが!
 もしこの場にジュナールが居たら、大臣ボディブローだけでは済まされない事になっていた
でしょう。
 昨日はアルズにしては珍しいくらい執務を行ったので、どうやら今日はエネルギー切れみた
いです。幻聴が聞こえようが、アルズはおやつを食べながら大いにサボっていました。
「ジュナールが居るとおやつもろくに食べられないんだよな。出たとしても変な味の飴か、賞味
期限の切れた飴だし。メガネが居なくて超ラッキー」
 大分、上機嫌でした。しかも日増しに調子に乗って行っています。
 ふとアルズが横を見ると、今日の分の書類がたまっていました。書類は一日だけで山のよう
になります。王様も楽ではありません。
「流石に半分は処理しないとメガネに突き落とされるよなあ。もしくは吊るされるか・・・」
 そう思うと、ちょっと背筋が凍りました。
 と言うより、もう既にジュナールはメガネ呼ばわりされています。彼が戻った時に、アルズがう
っかりそう呼んでしまわない事を願います。
 アルズは口いっぱいにクッキーを詰め込んだ状態で(早よ食べろ)、渋々と執務に取り掛かり
ました。
 今日も毎日と似たような書類が沢山ありました。農業の状態、税金関連、教育場の補助金、
などなど・・・。
「お、外交の書類だ。ねージュナール、僕のスケジュールってどうなってる? あ・・・」
 本来ならば、此処でジュナールが淡々とした口調でアルズの予定を読み上げるのですが、
今日は彼が居ないので、返事が返って来る事はありません。
「そだ、ジュナール居なかったよ。果てしなく困った、予定が解らん。居ると色々と怖いけど、居
ないとまた色々と困るなー。それに・・・」
 アルズは肘をついて、手の上に顎を乗せ、自分と書類の山しかない執務室を見渡しました。
 何だか、無駄に広く感じられます。
「ちょっと寂しいかもなー・・・」

 そして三日後。ジュナールはお城に戻って来ました。
「ただいま戻りました。陛下、留守番お疲れ様です」
「やっぱ僕が留守番係かい」
「ところで陛下、わたくしが出かける前に念を押したにもかかわらず、たっぷり書類を溜め込ん
でいる様子で」
 ジュナールはたまった書類の山を指摘し、メガネを光らせ、かつ拳をゴキゴキ鳴らしました。
 身の危険を無茶苦茶感じたアルズは、慌てて言いました。
まままま待った!! 一昨日は超順調だったんだよ! 昨日はその・・・ほれ、外交の
話が出てさ、予定が解らなくて・・・。ジュナールが居ないと、やっぱ仕事がはかどらないって
ゆーか・・・」
「陛下・・・」
 歯切れの悪い口調で言うアルズを見て、ジュナールは拳を下ろし、そして言いました。
「いずれにしろ、約束は約束です。存分に覚悟して下さい」
「ちょっ、酷くないか! こんっっっな可愛らしい事を言ってるっつーのに!!」
「年をお考え下さい。気色の悪い
「字体まで変えてそこまで言うかフツーーーッッ!!??
昨日の台詞は前言撤回ぢゃボケーーーッ!!!」
「言葉遣いが悪いですよ、陛下。ド突きますよ」
 と言いつつも(仕置きは勿論済み)、ジュナールはおやつの時に、アルズの好物であるクリー
ムとチョコたっぷりのクレープを出してあげたのでした。

 西の国はいたって平和です。
 今日も王様と大臣は国のために、一生懸命お仕事をするのでした。 
                                             おわり