おひるね編

 西の国はいたって平和です。
 寝る子は育つ、という言葉に従い、アルズ王子は毎日欠かさずお昼寝をするのでした。

 お昼ごはんの後はお昼寝の時間です。アルズは欠伸をしながら自室に戻って来ました。
「ふあ〜ねむ・・・。お昼寝の時間だあ」
「若、食べた後にすぐ寝ると、肉だるまになりますよ」
肉だるま!? 凄い初耳だよそれ!! んー肉だるまになるのは嫌だけど、もう習慣だし
なあ。なりそうになったら起こしてよ」
「承知しました」
 すっかり教育係であるジュナールの言葉を信じきっているアルズでした。
 アルズは寝着に着替え、ベッドにもぐり込みました。
「では若、お休みなさい。勉強の時間になりましたら起こしますので」
「いやちょっと待って。何か本でも読んでよ」
 そうです。アルズは眠る前に必ず誰かに本を読んでもらう習慣を持っていたのでした。
 アルズのお昼寝に初めて立ち会うジュナールは、この事を知りませんでした。
「解りました。では早速」
 ジュナールはアルズの枕元に椅子を持って来て腰を下ろすと、本棚にあった本を開きまし
た。
「近来の農業においては、まず家畜の餌の衛生上から」
児童向けじゃねえええ!!! 政治の本はやめてよっ。もっとほらこう、指輪を棄て
に行く話とか、魔法学校の話とかがあるじゃん!!」
「言葉遣いが悪いですよ、若。若の言う書物はある種の問題があるので、此処では読めませ
ん。では別の本に致しましょう」
 ある種の問題、というのがアルズには解りませんでした。
 気を取り直してジュナールは、別の本を読み始めました。
「一人の男性が夜道を歩いていました。男性は自宅に帰るまで、一つの橋を越さなければなり
ません。
そこは吊り橋で、足場はあまり良いとは言えなく、特に夜になると、大人でも一人で渡るのを
ためらうくらい怖い橋でした。
そして橋までやって来ました。
『嫌だなあ、すっかり暗くなってしまった。おや?』
男性は橋の傍で、渡るのを何度もためらっている女性を見かけました。とても綺麗な女性で
す。
男性は女性に声をかけました。
『お嬢さん、どうしました?』
『いえ、お恥ずかしいのですが、橋が怖くて渡れないのです』
『恥ずかしがる事はありません。こんなに暗いのですから。僕も橋を渡るんです。良かったら
ご一緒しましょう』
『まあ、助かりますわ』
こうして男性と女性は一緒に橋を渡りました。男性の方も、一人で渡るのをためらっていたの
で、この女性と会えたのは幸運だったのです。
途中で橋が揺れて、女性は思わず男性の手を掴みました。
男性はちょっと驚きました。
『すみません。怖いので、手を握ってもよろしいですか?』
『ええ、かまいませんよ』
男性も女性の手を握り返しました。
橋は長く、ようやく二人が真ん中辺りまで来た時でした。女性は男性に言いました。
『一人で橋を渡らずに済んで良かったわ。此処は夜になると物騒で、以前にも女の人が事故に
遭われたとか』
『事故ですか? どんな事故です?』
『何でも追いはぎに遭われて、酷い事にその女の人は橋から突き落とされてしまったのです』
『そいつは酷い。犯人は捕まったのですかねえ』
すると、女性は突然物凄い力で男性の手を握り、そして言いました。
『お前だよ!!』
ホラーじゃん!!! だから児童向けにしろって言ってるじゃないか! 途中まで
吊り橋効果を期待して二人がラブラブになって終わると思ってたのに、むっさ怖い話だよ!! 
夢に出て来たらどーすんだよ!! つーかジュナールの語り方マジで怖いんだ
よ!!!
 ちなみに吊り橋効果とは、橋を渡っている時の緊張のドキドキが、恋のドキドキと勘違いし
てあっさり恋に落ちてしまうというベタな効果の事です。
「まったく若は我侭ですね。早くお休みにならないと、縛り付けますよ」
「どっ何処へ!?」
「吊り橋とか」
「嫌あああッ!!!」

 西の国はいたって平和です。
 アルズは立派な王様となるため、今日も勉強(お昼寝?)に励むのでした。
                                              おわり