かくれんぼ編

 西の国はいたって平和です。
 王様であるアルズ国王陛下は、今日もジュナール大臣と共に、一生懸命お仕事をしていまし
た。

「っあー疲れた。ジュナール、もう休憩時間じゃない?」
「いいえ、陛下。そんな時間は微塵もありません」
微塵も無いの!? そんなんじゃ、僕すぐに過労死するっての」
「まだ二十代後半に入ったばかりなのに、何をおっしゃいます。陛下がそれくらいで過労死して
しまうのなら、国中の民は全滅ですよ
「無茶苦茶腹立たしいなオイ」
 アルズはとても疲れているようです(自称)。
 いったん集中力が途切れば、何か気分転換しない限りアルズは仕事を進めてくれません。そ
れは長年の経験で、ジュナールには嫌というほど解っていました。
「仕方ありませんね。しばらくベッドでお休み下さい。二十分経ちましたら蹴り起こしますから」
「叩き起こすって言わないか普通!!?」
「叩いた方がよろしいですか?」
「い・・・いや、普通に起こしてよ。普通に」
 ジュナールは国一番の無表情な人間です。しかし、アルズへの忠誠心は絶対なのです。
「んーでも寝るだけってのは暇だなあ。何か面白い遊びでも・・・そうだ!」
「如何なさいました? 毛髪がごっそり抜け落ちましたか?」
ごっそりって僕まだ二十代だよ!!? 面白い事を思いついたのだよ。ジュナール、かくれ
んぼしよう!」
「失礼ですが陛下、貴方様はおいくつですか?」
「なっ、かくれんぼを馬鹿にするなよ! ホラー映画にも採用されるほどなんだぞ!?」
 年のわりには、こちらが泣きたくなるくらい精神が未発達のアルズ。
 駄々をこねるアルズに、ジュナールは深い深い溜息を漏らしました。
「解りました。しかし陛下、城内は広すぎる故、隠れる範囲はこの階の西側だけにしましょう。
万が一、陛下が何処かの箱の中に隠れて、何らかの原因で出られなくなり、そのまま誰も見
つける事が出来ずに白骨化したら困りますから
「始める前から怖いな!!!」
 しかし、これはアルズの身を案じての事なのです。
 そんなこんなで、二人だけの何とも寂しいかくれんぼが開始されました。
「じゃあ、僕が隠れる側でいいね?」
「どうぞ。百を数えたら捕獲しに参りますから」
「捕獲なの!?」
「ひとつ・・・ふたつ・・・」
 相変わらず無表情なので、ジュナールが本気で言ったのか、冗談で言ったのかは解りませ
ん。
 それでも、身の危険を本能的に察したのか、アルズは血相を変えて部屋から飛び出しまし
た。
「参ったなあ。隠れるふりして逃げようと思ったんだけど、逃げたら本当に半殺しされるな。絶
対・・・」
 流石はジュナール。アルズの考えを先読みしていたようです。
 仕方なくアルズはおとなしく隠れる事にしました。

 そろそろジュナールが百を数え終わった頃でしょう。
 アルズは空き部屋のベッドの下に隠れ、息を殺していました。
「(ベッドの下って意外と狭いんだよな。きっと大人は隠れられないと思って、ジュナールも見落
とすはず・・・)」
 と、そう思った矢先、アルズが隠れている部屋のドアがバタンッと勢いよく開きました。
「(ひええええッ!? ななな何だっ? まさかジュナールが!?)」
 ベッドの下なので、アルズには誰が来たのか見えません。
 コツ、と足音が鳴りました。
「この部屋に居るはずですね」
「(早ッ!! 来るの早すぎるだろジュナール! 五分と経たないうちに来ちゃったよもうっ)」
 これもジュナールが国一番の天才だからなのでしょうか。
 コツ・・・コツ・・・と鳴るジュナールの足音に、アルズは段々緊張して来ました。
「(たかがかくれんぼなのに、何だってこうも緊迫した空気が漂ってんだよ! 追い詰められて
るのか僕わっ)」
 まるで捕獲されそうになる逃げ出した家畜のような心情でした。
「(って僕が家畜かい!!!)」
 捕まったら火あぶり、みたいな。
「(食べられんの!!?)」
 その時、バッとベッドのシーツがめくられ、ジュナールがベッドの下に顔を覗き込んで来まし
た。
 アルズは思わず悲鳴を上げ、その拍子に頭を派手にぶつけました。
「見つけましたよ、陛下」
「痛い・・・すっごく痛い上に、無茶苦茶怖いんだよお前は! 大体、何で見つけるのがこんな早
いんだ!」
「それは勿論、陛下の臭跡をたどって来ましたから」
「犬じゃん!!!」
「さあ、もう気が済みましたでしょう。戻ってお仕事を開始して下さい」
 ジュナールはベッドの下に手を突っ込み、ズルズルとアルズを引きずり出しました。
「こ、こんなんで満足出来るかっ。おとなしく昼寝すれば良かったチクショーーーッ!」
「言葉遣いが悪いですよ、陛下。鳥肌が立ちます」
「酷ォッ!!」

 西の国はいたって平和です。
 今日も王様と大臣は国のために、一生懸命お仕事をするのでした。
                                                 おわり